アパラチアの人々~ヒルビリーたちの貧困と健康問題~
アメリカを代表する山脈と言えば皆さんには何が思い浮かぶだろうか。
私にとってはロッキー山脈だが、有名なものがもう一つある。
アパラチア山脈だ。
西のロッキー、東のアパラチアと考えれば覚えやすい。
登山好きの人々の間ではどちらも有名な山脈だ。近隣は国立公園となっており、イエローストーンの名を聞いたことがある人も多いだろう。一部は観光地化されているため、世界中からアウトドア愛好家や写真家が集まる地域となっている。
しかし、これらの山々にいる人は何も観光客だけではない。山の麓に根を張って生活している住民は今も存在する。周囲からは隔絶された大自然の中で、彼らはどういう生活を送っているのだろうか。U.S. News&World Reportでバージニア州に住むアパラチアの人々が特集されていたので、彼らが抱える現代的な問題も含めてお伝えしたい。
Bordering West Virginia, Kentucky and Tennessee, Virginia's westernmost communities are deep in coal country, where mining jobs continue to vanish and the Appalachian Mountains separate residents from the rest of the state. Today, less than half of adults are in the labor force, about 1 in 5 people in the broader area live in poverty and rates of chronic health issues like heart disease, diabetes and chronic obstructive pulmonary disease are high. The region has long been considered medically underserved, with a lack of hospitals, primary care, and mental health and dental services.
記事冒頭から暗い事実が浮き彫りにされている。成人の半数以上が無職で、五人に一人は貧困状態にある。さらに心臓病や糖尿病、そして地域特有の循環器系の病は多くの人を苦しめている。
肺癌などの病気がこの地に多いのは、元々この地域に鉱山労働者が多いという歴史が関係している。現在はほとんどの山が閉山となっているが、労働者及び周辺の住民は、採掘や工事による粉塵の影響で後遺症に苦しんでいる。心臓病や糖尿病率の高さは、貧困による不健康な食生活が原因となっていることが容易に読み取れる。これらの問題は、福岡県田川市で今も起きている、炭鉱閉山後の労働者の社会福祉問題を思い起こさせる。
また、これら以外にもこの地域で深刻になっている問題がある。
オピオイド中毒だ。
アパラチアはアメリカにおけるオピオイド中毒の発生地とされており、現在でも致死量の薬物を注入し死に至る人がいる。この地域のオピオイド中毒者の割合はバージニア州で最も高い。
彼らの体を病が蝕んでいる要因は、何も鉱山や貧困、オピオイドだけではない。アメリカの田舎には医療設備も医者も足りないのだ。事実この記事で書かれているバージニア州の過疎地域にはそもそも診療所がない。医者と看護師を載せた移動型診療所、つまり事実上の救急車しか住民を治療する場所がない。
こうした状況に拍車をかけているのが新型コロナウイルスだ。
バージニア州の感染者数はアメリカの中では少ないものの、こうした過疎地域に与える影響は大きい。今までは週に四回は来ていたオピオイド中毒の訪問治療は、コロナ以降週一回に減った。インターネットを利用した遠隔治療も実施されているが、当地域におけるインターネットの普及率は70%を下回る。インターネットの普及率が低いということは、それだけ情報に疎い人が多いことを示す。医療や政府による補助金に関する情報を受け取っていない人も多いと推察される。
Meanwhile, the spike in unemployment tied to the pandemic – nationally, the unemployment rate reached 14.7% in April, the worst since the Great Depression era – has hit hard in local communities still dealing with the decline of the coal mining industry. Already, multiple mines in southwest Virginia have suspended operations due to virus-related issues.
記事を読み進めていくと、おそらく彼らが一番恐れていたことが実施されてしまった。トランプ政権以降、徐々にではあるが再び脚光を浴び始めようとしていた数少ない鉱山は、コロナの影響ですべて営業を停止させられた。
踏んだり蹴ったりとはまさにこのことではなかろうか。
この状況が続けばますます若者は出ていき、少子高齢化が進んで集落が消滅することもあり得るだろう。他人事とは思えない。
数年前に「ヒルビリー・エレジー~アメリカの繁栄から取り残された白人たち~ 」という本がアメリカでバカ売れした。これはオハイオ州の労働者階級に生まれた著者が、ひょんなことから弁護士の道へと進むまでの半生を描いた自伝だ。オハイオ州はアパラチアとは違うが、ド田舎の炭鉱労働者という面では共通している。この本ではヒルビリーたちの生活が面白おかしく、ちょっと楽しそうに描かれている部分もある。それも嘘ではないだろう。
しかし、今の状況はヒルビリーだけでなく、すべての経済的に貧しい人々にとって絶望的と言わざるおえない。
これはアメリカだけに言える話ではない。
YouTubeでAppalachian peopleと検索するとたくさんの動画が出てくる。
彼らの独特なアクセントを聞いていると、アメリカの牧歌的な風景が頭をよぎる。アメリカ人にとっては、アパラチアはある種のノスタルジーを思い起こさせる場所でもあるのだ。
そのノスタルジーはエレジーと表裏一体ではあるのだが。
https://www.usnews.com/news/healthiest-communities/articles/2020-05-14/coronavirus-pandemic-poses-dual-threat-in-virginia-coal-country