乱痴気騒ぎ(orgy)について
ニーチェが『悲劇の誕生』でディオニュソス神を称賛したことの意味がイマイチ分かっていなかったが、最近になって、その文明論的な意味が少し分かったような気がするのでメモしておく。
教科書的には、アポロン神が秩序を象徴として、ディオニュソス神が混沌を象徴として、ニーチェは後者を陶酔的・激情的芸術を司るとして称賛したとされる。
その陶酔感を英語ではorgy、ドイツ語ではorgieというが、ニーチェはそこに「神は死んだ」ニヒリズム的状況の超克を目指していたのではないかと、ふと思うようになったのである。
厳格なプロテスタントの中には、飲酒を控えて酩酊状態になることを戒める宗派もある。「神は死んだ」となれば、神が与えた戒律に意味はなさなくなる。
プロテスタントが主流であるアメリカは禁酒法を定めた時期もあり、ここはキリスト教文明と異教的なるものとの対立をめぐる重要な文明論のポイントであるように思うのだ。
無神論の権化とも思われそうな東海岸のビジネスパーソンがストイックに酒を飲まずにビジネスに打ち込む様は意外にもプロテスタントの流儀を継承しており、ドイツの哲学者が古代ギリシャの酩酊状態に憧れているという様もどこか現代的なテーマでもあるような気がする。
たかが酒、されど酒である。酒と哲学史というテーマも面白そうである。