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渡邉恒雄論:哲学と権力 - ある政治家の肖像
導入
「哲学者が政治家をやるとこうなる」――。これは、読売新聞グループ本社代表取締役主筆であり、日本の政財界に多大な影響力を持った渡邉恒雄氏を評するのに最もふさわしい言葉かもしれません。先般、哲学カフェで「もしプラトンが政治家になったら」と題して、対話の機会を設けましたが、これ以上ない一類型が渡邉恒雄氏であると言えるでしょう。
彼は、単なるメディア経営者、あるいは政界の黒幕という枠には収まりきらない、まさに「哲人政治家」と呼ぶべき特異な存在です。本稿では、渡邉氏の思想的背景、共産党との繋がり、そして読売新聞やプロ野球界における権力掌握の手法を分析することで、その実像に迫ります。
本論
思想的背景:カール・ポパーと全体主義
渡邉氏を理解する上で欠かせないのが、20世紀を代表する哲学者カール・ポパーです。ポパーは、著書『開かれた社会とその敵』の中で、プラトンの提唱する「哲人政治」が全体主義に繋がる危険性を鋭く指摘しました。
渡邉氏は、東大哲学科でカント哲学を専攻し、ニーチェの思想にも傾倒していました。終戦直前、兵役に就く際にはカントの『実践理性批判』を携行し、その冒頭の句を暗記するなど、カントの思想に傾倒していたことが知られています。これらの哲学者の思想を通じて、戦時中の厳しい状況下での精神的支えを得ていたようです。
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ポパーはカントの批判哲学については、全体主義を防ぐ肯定的な面を指摘していましたが、皮肉なことにその政治手法には、ポパーがプラトンに即して指摘した全体主義的な傾向が見え隠れします。例えば、読売新聞の編集方針への介入や、プロ野球球団経営への関与などは、その一端と言えるでしょう。
共産党との繋がり:実践から生まれた権力掌握術
渡邉氏は、若い頃、共産党員として活動していました。当時の経験は、彼のその後の政治手法に大きな影響を与えたと考えられます。組織論、戦略論、人心掌握術など、共産党活動から学んだ技能は、読売新聞およびメディア支配、そしてプロ野球全体の掌握に活かされたと言えるでしょう。
ノンフィクション作家の魚住昭氏が著した渡邉恒雄氏に関する詳細な評伝『渡邉恒雄 メディアと権力』では、渡邉氏の少年時代から読売新聞社長に至るまでの経歴や、メディア界での権力掌握の過程が詳述されています。
渡邉氏の「1千万部」の読売新聞を背景にした政治家や世論への影響力、そしてその手法を「稀代のマキャベリスト」として描いています。また、東大共産党時代の経験や社内での権力闘争など、渡邉氏の多面的な人物像が浮き彫りにされています。
この評伝は、2000年に初版が刊行され、その後も多くの読者に読まれています。魚住氏は、渡邉氏に直接取材を行い、その人物像を深く掘り下げました。
この経歴を見ると、共産党の組織運営の手法に通じるものがあり、カントの影響よりは、ポパーが批判したプラトンやヘーゲルの影響の方が強かったのかもしれません。
メディアと権力:読売新聞を支配する;中曾根康弘とのつながり
渡邉氏は、読売新聞において絶大な権力を握っていました。人事、編集方針への介入など、その影響力は多岐に渡ります。彼は、メディア支配を通して、世論形成、政治への影響力を行使してきたと言えます。
例えば、特定の政治家や政策に対する好意的な報道、あるいは批判的な報道は、世論に大きな影響を与えます。渡邉氏は、この力を駆使して、日本の政治を動かしてきたと言えるでしょう。有名なのは中曾根康弘氏との緊密なつながりです。
1994年、渡邉氏の主導のもと、読売新聞は「憲法改正試案」を発表しました。この試案では、自衛力の保持や環境権の新設、憲法裁判所の創設などが提案され、日本の憲法論議に大きな影響を与えました。
中曽根康弘氏は、首相在任中から憲法改正に強い意欲を示しており、渡邉氏とは盟友関係にありました。渡邉氏は政治記者としての経験を活かし、中曽根氏の政策や思想に深く関与し、読売新聞を通じてその主張を支持・推進しました。
スポーツと権力:プロ野球界への介入
渡邉氏は、プロ野球界にも大きな影響力を持っていました。巨人軍への特別な関与などにとどまらず、読売新聞や日本テレビのメディアをフル活用してプロ野球全体に大きな影響力を行使しました。スポーツビジネスにおける権力構造、政治との繋がりは、複雑な部分が多いと言えます。渡邉氏のプロ野球界への介入は、その闇を象徴するものと言えるでしょう。
結論
渡邉恒雄氏は良くも悪くも「哲人政治家」と呼ぶにふさわしい人物です。実際、彼の行動は、常に賛否両論を巻き起こしてきました。メディア支配、政治への介入、プロ野球界への関与などは、批判の対象となることも少なくありません。