大学時代の愉楽と不安~哲学エンジニアのライフヒストリー(3)~
連載を開始したライフヒストリーの執筆であるが、「虚無の淵に立っている」が一つのキーワードとなっている。
思春期の頃からずっと不安で、それに駆り立てられて哲学にたどり着いたことを前回話した。禅仏教では脚下照顧と言ったりもするが、自己の根源を探求できる予感に導かれたのだ。
モラトリアム気分で教育学部の今は無きゼロ免課程に1993年に入学したが、もう1994年には哲学研究室に所属してドイツ語や古典ギリシャ語の学習に打ち込んでいた。ドイツ哲学やギリシャ哲学の原典を読みたいという情熱に導かれて、根気強く初級文法を習得していた。
不安に導かれて哲学の勉強に打ち込もうと思ったが、語学の文法を学ぶことはある意味現実逃避になるというか、ゲームのようにドイツ語やギリシャ語の文法を系統整理することが楽しくて、若き日の体力に任せて日夜勉強していた。
ドイツ語が上手くなりたいと思って、何を思ったか、金沢香林坊109のヤマチクで買ったベートーヴェンの月光を聴きながらドイツ語の文法の勉強に熱中していた。いま、こうも簡単に月光を引用ができる世の中をありがたいと思うとともに、今は無きヤマチクの喪失感にも感傷的になってしまう。
語学の訓練は私を大いに鍛えてくれて、今の私の言語運用能力の礎となってくれている。ドイツ語のNominativ (主格=1格),Genitiv (属格=2格),Dativ (与格=3格),Akkusativ (対格=4格)を厳格に区別したり、ギリシャ語ではそれに呼格(vocative)が加わって、より複雑な運用が求められたりする。いちいち単語の下にN・G・D・A・Vと記入して読み解く。
指導教官の導きのもとプラトンを学びたいと思ったこともあり、教官に手ほどきを受けてギリシャ語を研究室の仲間と勉強をしたことは本当に楽しく、入学当初の孤独感も癒えて愉快な日々だったことを思い出す。
しかし、楽しかった現実逃避の日々にも終わりが近付き、哲学研究者としていかに生きるのかという問題を突きつけられて、懊悩の日々を迎えることとなる。
近現代のニヒリズムの哲学に惹かれる一方で、自己の内面にアプローチする哲学は対象を客体化しづらく、論文が書きづらくなることは学部生の私にも容易に想像はできた。その点、素朴実在論とも揶揄されるギリシャ哲学は善のイデアのような対象を研究しやすいようにも思えた。
しかし、私には虚無の問題が当時は人生の重大事だと思っていた。若者はいつの時代も敏感で、私もまた虚無感にビシバシと打ちのめされる日々であった。前時代的だが、高野悦子の『二十歳の原点』を読んではその鋭敏な詩人の感性にカタルシスを感じては、自分の卑小さに愕然とした。
また、暁烏敏の歎異抄講話にも惹かれるものがあった。宗教哲学を専門とする指導教官がいたこともあり、浄土真宗に関心を持った時期があり、その時に手を取ったのがこれである。弥陀の本願に背く言動を全て「空言・戯言」と切って捨てる語り口が爽快で、カタルシスを感じたのである。
こんな現実逃避ばかりしていたのだが、アカデミーの中で自己実現を果たす以外に自己の生きる道はないと当時は思い込んでおり、何らかの形で卒業論文を書いて大学院に進まねばならないと切迫感に駆られていた。
その中で何とか選んだのがドイツの哲学者、マルティン・ハイデガーである。これは今にして振り返れば最悪の選択であった。その点については次回に触れる。
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