山崎元氏とベーシックインカム
経済評論家の山崎元氏が亡くなった。
私にとって山崎氏とは、最初期のベーシックインカム論を切り開いた功労者であった。まだ思想家の概念であったベーシックインカム論を、分かりやすい平明な言葉で日本の一般読書層に向けて説明した最初の方であったし、事実、私も初めて腑に落ちたのは彼の記事を読んでからであった。
この記事が2007年である。今でこそMMTが市民権を得て積極財政論は一定のプレゼンスを持つようになったが、当時はリーマンショック以前で、このような膨大な予算を必要とする考えは異端中の異端であった。その時期に勇気をもって「支持します」と宣言したことは大きな意義があった。
独立不羈のパーソナリティとその由来
山崎氏は独立不羈の人である。
昨日上記の投稿を見かけて、そのことを裏付ける。金融村でも主流派に迎合せずに正論を貫く独立不羈の人なのだ。この度、山崎氏のnoteも目を通したが、そのルーツに実存主義を唱えたサルトルがあることを知り確信を得た。
山崎氏のベーシックインカム論の個別具体的展開
リーマンショックを経て、少しずつベーシックインカム論が日本国内で盛り上がりを見せた頃、民主党への政権交代前夜だが、山崎氏はこのような対談をしている。
田中康夫氏は、日本の政治家で初めてベーシックインカムを公約に掲げて、民主党政権に新党日本として参画した。
2009 新党日本マニフェスト
http://nippon-dream.com/archives/PDF/mani3.pdf
田中氏もイデオロギーに囚われることなく、新自由主義に抗する亀井静香氏の国民新党と会派を組んだり、後に、新自由主義に親和性のあるおおさか維新の会から出馬したり(後に黒歴史と懺悔しているが)、独立不羈のスタイルを持っている。その点が山崎氏のスタイルとも重なるのかもしれない。
山崎氏は、その後も継続的にベーシックインカムの実現の道筋を、時局に応じて個別具体的に検討している。ベーシックインカムへの継続的なコミットはまさにサルトルばりのアンガージュマンである。
この粘り強さには敬服するが、途中から彼の議論に興味を失っていった。私のベーシックインカムに対するスタンスが、無条件一律給付式のベーシックインカムから参加所得型のベーシックインカムへと移行したことにあるのだが、理由はもう一つある。
山崎氏のベーシックインカム論の特徴
それは、彼の議論がワンパターンであることによる。彼の議論は極めてシンプルで、あとはそのバリエーションに過ぎない。その議論のポイントは以下に集約することができる。
(1) 手続きが簡単で、先の生活が計算できる「シンプルさ」
(2) 受益者に偏りが少ない「公平さ」
(3) 使い道や、資源配分に関して、政府の介入が少ない「自由さ」
(4) 相対的低所得者にとって有利な「格差是正効果」
(5) 運営コストが安い「低コストな制度」
その上で、日本でベーシックインカムは実現しないと予見して、その理由を制度がシンプルすぎて官僚の仕事と権限が減ることに求めている。いわゆる抵抗勢力がベーシックインカム実現を阻むのだということである。そして、徐々に、子ども手当や給付付き税額控除のようなベーシックインカム的な政策が実現すればいいとして、現実との妥協を図ろうとしている。
そこから彼の議論を新自由主義的ベーシックインカムと分類することは可能であろう。
私は、徐々に参加所得型のベーシックインカムへとスタンスを移行した理由は、民主党政権の失敗や日本人のメンタリティに対する配慮、新自由主義トレンドの終焉、そして何よりも現実の複雑さである。
筆者の参加所得型ベーシックインカム論
下記のスライドにまとめたが、ベーシックインカムを実装する時は、エネルギー源など地域の実情に応じて、個別具体的に形を変える必要があると考える。「既得権益」にも理由があり、それは地域の人びとの生活を支えてもいるのだ。
それに対して、コロナ禍を経て積極財政論に理解が広がっている中、相も変わらず頑なに既得権益の解体を主題として主張を続ける彼の議論には、私は途中から興味を失っていった。彼がその後もこれほど粘り強くアンガージュマンを続けていたことをこの度調べてみて初めて知ったが、良くも悪くも論調が一貫していたことに驚いた。
私はサルトルのような実存主義者ではなくて、哲学エンジニアなのだと改めて自己認識した。つまり、私の関心は、ベーシックインカム論の正しさよりも、ベーシックインカムという理念をいかにして社会実装するかの方法論に関心があるという点に思い至ったのである。
ベーシックインカムの社会実装については、上記のスライドの論考をもっと具体的に深めていきたい。それが最初期のベーシックインカム論を切り開いた山崎氏への追悼にもなるのだろうと信じる。