『魔の木』ペーター・スローターダイク

 『魔の木』は、『シニカル理性批判』(1983)の著者がその2年後に書いた小説です。副題が「1785年における精神分析の成立 心理学の哲学を物語る試み」というもので、哲学者が小説を書いた、ということか……と思っていたら、1988年に書かれた訳者あとがきによると、著者は、ミュンヒェンとハンブルク、二つの大学でドイツ文学、哲学、歴史を学んだものの大学には所属せず、フリーライターとして旺盛な批評活動を展開しているそうです。すみません、肩書的には学者さんではないようです(哲学者、なのは間違いないでしょうが)。

 内容は、表面的には、動物磁気療法を扱った物語です。動物磁気は一種の催眠療法で、心理療法の元祖のように紹介されたりします。
 その動物磁気療法を学ぶために、ウィーンの若き医師ファン・ライデンがフランスを訪れ、方々で学びを深め、さらにはピュイゼギュール侯爵に会い、いよいよ磁気催眠療法に接する、というのが大きなあらすじ。これに、フランス大革命の不穏な気配が漂い、ぴしぴしと鋭い皮肉・警句が散りばめられ、ファン・ライデンさんは身体的にも精神的にも右往左往する、みたいな物語です。

 私の頭では、深い部分の理解はたぶん半分もできていませんが、表面的なやり取りだけでも十分ぐいぐい引き込まれて、おもしろく読めました。個人的に読み進めの体感速度が上がったのは15章。終章である22章は、訳注の29を読まずには意味不明でしたが、後でそちらを読んで、ああ、なるほど、そういうことか。ようやく納得。
 結果的に、いろんな仕掛けをはらんだせっかくの物語だったのに、読み手としての私はボロボロの落第点でした。なのに読後感は充実という……これは良いのか悪いのか。

 フランス哲学に造詣が深いとか、ヨーロッパの歴史に詳しいとか、哲学的な素養があるとかすればもっと深く楽しく読めたのだろうなあ、と惜しくは思うけど、でもそれ無しでも飽きずにおもしろく読めたのは、語り巧者なスローターダイクさんと実に読みやすい訳・訳注のおかげだな……と、改めてしみじみ。
 内容もおそらく深く、構造的にも凝った作りの小説ですから、読み巧者のかたの感想がお聞きしてみたい、と思いました。どなたか感想を上げてくださらないかしら。


 『魔の木 ―1785年における精神分析の成立 心理学の哲学を物語る試み』
 ペーター・スローターダイク著 高田珠樹・高田里恵子訳
 岩波書店 1988年

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