『水泳の基本』阿部延夫
発売元は星雲社、発行元は創栄出版。1994年に出された本です。
著者は、水泳動作の原則を、「自然に」「大きく」「真っすぐに」「そして、前へ」という4点に置きます。そしてこの4原則に準じた上で、クロール、平泳ぎ、背泳ぎ、バタフライの泳法について解説したのが本書です。
本書の大きな特徴は、
「どのような意識で動きを作るべきか」
「またそのために指導者は、何をどう伝えるべきか」
が、強く意識されている点です。
すごい、本でした。
「うーん、おもしろいっ」「ああ、私もそう思うわっ」とぶつぶつ言いながら、一気に読了。平均すると、2ページに1回感動し、20ページに1回、大感動したような状態です。
泳げないし泳ぎたいとも思わない人間が読んでも、感動できる水泳教本。とっても貴重だと思います。
巻末の略歴を見ると、著者は、釜石、仙台を中心に、水泳指導に当たられている(いた?)方だそう。
書かれた本を読むだけで、たくさんの教え子に関わりながら、「指導者の投げかけた言葉が、泳ぎ手にはどう伝わっているのだろう」とか、「どう言えば教え子に、正しく動きを変えさせることができるのだろう」とか、そんなことを真剣に考えつつ丁寧に指導者生活を送られる著者の姿が想像できます。私はまず、そのことに感動しました。
そしてまた、その上でたどり着かれた結論(=本書の主張)に、全面的に賛同します。
というのも。
話題は水泳で、書かれているのは泳ぎ方についてのあれこれなのですが、根本的な中身は身体操法の基本・本質だからです。
○動きには、意識して「変えられる動き」、「変えられない動き」、「変わってしまう動き」がある。
⇒動きを変えるためには、「なにをどう意識するか」が重要。
○連続的な動きのなかで一部分を意識する――それには益と害が伴う。
・益は、一連の動きにリズムができること。
・害は、動きの連続性が途切れること。無駄な力が入ってしまうこと。
○不可抗力でそうなってしまうのは、「自然な動き」。
そのように見せるために意図された動きは、「不自然な動き」。
⇒一流選手の「自然な動き」を「不自然に」真似ると、動きの目的を外すことになる。
こういったことは、別に水泳に限ったことではありません。だからタイトルが『水泳の基本』なのは、非常にもったいない。せめて、『水泳を題材に語るスポーツの基本』とか『水泳で見る身体操法の要諦』とかに改題して、読者の間口を広げてほしい!――と願います。
下手な言葉で私があれこれ誉めるより、一“読”瞭然。ちょっと引用してみます。
たとえば65ページにある「バタフライのリカバリー」についての記述は、こんな感じです。
また、ちょっと長いですが、24ページにある「クロールの肘曲げプル」についての記述はこうです。
――分かった風に引用していますが、リカバリーもプルも、水泳と縁のない私には具体的な動きは分かりません。なんとなくイメージしながら読んでいるだけです。
けれど、引用部分で主張・注意されていることについては、とてもよく理解できます。さまざまな身体操法に、共通する内容だからです。
本書では、無駄な意識を持たせないことと、「アドバイスする」その行為自体が、必ずしも適切とは限らないことの2点が、何度も強調されます。
そしてその〈代案〉として、正しい泳ぎ方とその意識付けが説明されます。説明は、極めて具体的で、論理的で、分かりやすく、経験に裏付けられて迷いのない、簡潔で鮮やかな言葉で語られます。
上の2つの引用文は、たまたまぱらっと開いたところから拾いましたが、全篇、こんな感じです。
写真はなく、ときどきイラストがあるだけの地味な作りで、けれどその内容は鋭く本質を衝き、言葉にしにくい内容を分かりやすく丁寧にまとめ切る――これぞ教本、と呼ぶべき本でした。
(付け加えるとイラストも、地味ながら適切で、とても分かりやすい。イラストレーターの方のお名前も書いておいてほしかったです。)
久しぶりに、たくさんの人に読んでほしいなあ! と思う本に出会いました。
『水泳の基本』というタイトルに騙される(?)ことなく、どうぞ一度、手に取ってごらんください。身体の動きやしくみ、各種スポーツに興味をお持ちの方なら、めちゃくちゃ楽しめること、請け合いです。
(2009年12月22日ブログで公開)