人間関係の秘訣 2
大人になってからも、ぼくは人間関係といったものにはおおかた無頓着で…それでいて多くの友人に恵まれたし、結婚して子どもを持つこともできた。
多くの人から(誰もかれもから)好かれようとしなくていい。かといって、誠実さを欠く中途半端な人付き合いにならないように心がけていた。
それで思うのだが、人間関係にばかりエネルギーを注ぐよりも、一緒に何か出来る仲間を求めた方が良好なことが多く、多趣味が人間関係の秘訣なような気がする。気の置けない旅行仲間と仲良くするのもいいし、一緒にボードゲームに興じるのもいいし、将棋の大会に出るのもいい。
コミュ障で他者とどうコミュニケーションをとっていいか分からないと主張する人がたまにいるが、麻雀などで熱中すれば自ずと他者の考えを読もうと努めるし、何巡かして一段落したら会話が弾むことも多々ある。
きっかけとして趣味ツールが有効で、鎹になることが大いにある。
場面によってはコミュニケーションが苦手な人が饒舌になったりすることもあるだろう。
ぼく自身、会社の飲み会が嫌いで
(酒を飲んで醜態をさらし、他者に気を使ったり場面によってはお世辞などを述べないといけないのが嫌でしょうがなく)、ある時期、一切出なかった。
ASD故なのか極端な行動をとりがちで、自分の歓送迎会すら欠席した。ただ仕事はきっちりこなした。
思うに、飲みにケーションが人間関係の潤滑油という時代は、終わった。会社では仕事を最低限こなしていれば後ろ指差されることはないし、飲みの場に出なければ困るということもない。それよりは、好きこそものの上手なれということで、好きなことをやって、その方面で人間関係が構築できれば、しめたものである。飲みにケーションで打算的に人間関係を構築したとして、ひょんなことからあらぬ方向に進むことは大いにあり得るし、へこつらって獲得したものも、苦痛の産物であれば意味がないことも多々ある。
ぼくは人の気持ちが分からないとされているASDという障害なのだが、本当に人の気持ちが分からないのだろうかと疑問に思うことがままある。採用面接などは思い通りだった(大企業や公務員など、総合職で、多々内々定を得た)。
それでも人間関係の維持が得意かと言えばそうではなく、あるベクトルにおいてはコミュニケーション能力が欠如しているのかもしてない。もしかしたら大いに欠如していて、それで人間関係が長続きしないのかもしれない。
まぁ、しかし、常に身近なところに気の置けない友人はいるし、図書館で知り合った妻とかわいい娘にも恵まれ、さみしさを感じることはあまりない。上等なのではないだろうか。
思うに、打算で人間関係を構築してそれに縛られるより、無頓着でいたほうがかえって上手くいくということも、ある気がしている。ぼくの場合はそうだ。
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