紫式部に近づきたい 女ともだち(1)
紫式部に近づくには
読者が自分自身にひきつけて自由に解釈できるのが、古典の魅力。古典は楽しくなくっちゃ。
2024年の大河ドラマの主役が紫式部に決まって、続々と関連本が出版されています。えーっとこの本の広告では、
紫式部の裏の顔は「マイナス思考で/激ネガティブな/コミュ障」
この評価はわりと一般的だけど、ほんとにそう?
だれかの解釈をまるごと受け入れるのはつまらない。可能なかぎり、生の資料にふれてみたい!紫式部にぐっと近づいて、ご自分で確かめてみませんか。
紫式部集を読んでみる
紫式部には、晩年に自ら編集したとされる歌集が残っています。自分の人生を振り返って、こんな感じでしたと後世の私たちに伝えているんですね。多少は記憶を修正しているかもしれないけど。
紫式部には日記も残っていますが、当時の日記は人に見せるためのものという側面があって、和歌のほうが直に作者の声を聞くことができるのではないかと私は思っています(和歌が好きな理由その1)。
紫式部集を少しずつ読んでいきましょう。
*詞書と和歌を現代語に訳しました。和歌の現代語訳の上の▼は紫式部が詠んだ歌、▽は紫式部以外の人が詠んだ歌です。
(一番)
ーー以前から幼友達だった人に、数年ぶりに会ったけれど、わずかの時間で、七月十日のころ、出てもすぐに沈む月と競うように、帰ってしまったので
めぐりあひて 見しやそれとも分かぬ間に 雲がくれにし夜半の月かげ
▼めぐりあって、あなたの姿を見たのかしら、それもはっきりしないうちに、夜中の月が雲に隠れるように、あなたはいなくなってしまったのね。
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百人一首にも入っている、紫式部の代表歌。女性の幼友達とのつかの間の出会いを詠んでいます。紫式部が若いころ(宮仕え前)に、友達との交流をとても大切にしていたことが、このあと紹介する歌からも想像できます。
(二番)
ーーその人はまた遠いところに行くのだった。秋、旧暦九月の最後の日に来てずっと語り合い、夜明けに聞く虫の声がしみじみと悲しかった
鳴きよわる まがきの虫も とめがたき 秋の別れや 悲しかるらむ
▼鳴き声が弱々しくなっていく柴の垣根にいる虫も、引き留めることが難しい、秋の別れが悲しいのでしょうか。わたしも、この秋にあなたと別れるのが悲しいのですよ。
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赴任する父(または夫)とともに都を離れることになった友達が、紫式部の家を訪れたので、朝までおしゃべりして、明け方に詠んだ歌です。
ここでちょっと、和歌の解説を。
この歌は、古今集の、
もろともに なきてとどめよ きりぎりす 秋の別れは 惜しくやはあらぬ
・私は泣いて引き留めよう、おまえも鳴いて引き留めなさい、きりぎりすよ。秋の別れは名残惜しいものだ(古今集・離別・三八五 藤原兼茂)
を利用して詠まれています。というと、「なんだパクリか」と思う人が現代人には多いのですが、チッ、チッ〈指を振る〉、有名な先行歌を、その歌を利用したことがはっきりとわかるようにしながらーこれ大事!、場面にあわせて、リメイク。こんな歌が高く評価されます。もちろん、先行歌とほとんど同じで、何の工夫もみられない場合は不可。←パクリはこっち
平安貴族の身分格差
紫式部の父、藤原為時は花山天皇の東宮時代に漢学の家庭教師をしました(大河ドラマ「光る君へ」の一回目にその場面がありましたね)。
984年10月に花山天皇が即位すると、為時は式部少丞になり、986年2月には式部大丞になりますが、同年6月に花山天皇が退位すると解任されます。(退位するときはダークな道兼が大活躍)その後996年に越前守となり、紫式部も父とともに越前国へ。その後は1011年に越後守になるまで官職はなし。
紫式部の家は、下の表で見ると、従六位上から従五位下のいわゆる受領階級でした。
紫式部の友達たちも、転勤を繰り返す受領階級の貴族の娘で、父親とほぼおなじ階級の人と結婚します。
(六・七番)
ーー筑紫地方に赴任する人のむすめが
西の海を 思ひやりつつ 月みれば ただに泣かるる ころにもあるかな
▽西の海に思いをはせながら西に沈む月を見ると、わけもなく泣けてくるころですね。
ーー返事
西へゆく 月のたよりに たまづさの かきたえめやは 雲のかよひぢ
▼西に沈んでいく月をたよりに、私の手紙が途絶えることはありませんよ、はるかに遠い雲の通路であっても。
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「都落ち」という言葉は現在ではあまり聞かなくなりましたが、当時の人は都を離れることをとても心細く思っていたようです。筑紫に行くと思うと泣けて泣けて、と言ってきた友達に、手紙を書きますからねと、紫式部がなぐさめています。
紫式部悩みの相談室
悩みを相談する相手を選ぶときって、慎重になりますよね。しまった打ち明けるんじゃなかったということのほうが多かったりして。
その点、紫式部さんは優秀なカウンセラーかも。女友達との和歌の贈答ーーつづきます。
2024年1月8日記
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