「インドラの僕(しもべ)」
漆黒の雷雲は去り、瑠璃色に澄んだ空が広がる。
乾季のカトマンズを突如襲った局地的な落雷は、僅か十分間で千発を超えた。煉瓦造りの家々は崩れ、焦げた衣服を纏う人々が路上に伏す。千切れた電線の束から噴出した火花が、泥水に溺れ弾ける。
肌はおろか瞳さえ灼かれることなく、異邦人たちは平然と焦土を歩んでいた。
「良い撮れ高だ」
惨状を嬉々として写し続けるチャドの姿に、ギルは息を飲んだ。
「お前はどうだった?」
無邪気な声に促されるまま、ギルは撮り溜めた雷を見返した。寺院への直撃を捉えた一枚で、カメラを操作する指が止まる。大地を震わす轟音が脳裏に響く。
屋根に降り注ぐ青白い光柱は猛々しく、雷神の降臨をも想起させる輝きを放っていた。それは西海岸で燻っていたギルの不振を払拭し、雷写真家としての矜持を蘇らせる珠玉の作品となった。
雷よ、ただ美しくあれ──。
清々した顔を上げると、瓦礫と化した寺院にチャドがレンズを向けていた。
異教の雷神にあやかろうとした物見遊山の旅の最中、ギルは十年来の相棒に初めて得体の知れなさを覚えた。
「十分後に雷が来る。次は一時間後にバクタプルで、その次は──」
「馬鹿言え、予報では──」
「機械と神、お前はどちらを信じる」
ホテルのベッドに腰掛け、金色の独鈷杵を弄ぶチャドの顔には、不敵な笑みが張り付いていた。
「俺は結果だけ欲しい。雷はくれてやる」
ギルが意図を尋ねようとした瞬間、窓の外の太陽を黒影が覆った。
今度は東の空に突然、巨岩のような積乱雲が現れた。バクタプルの方角だ。
ギルはカメラを胸に抱き、高鳴る鼓動を抑えた。そして路肩に転がる鍵付きのバイクを目に留め、躊躇せず跨った。
「行こう、まだ撮り足りない」
誘い文句に一笑し、チャドはギルの濡れた背に身を委ねた。
倒れた人々を踏み越え、呻き声になど目もくれず、二人は駆け抜けていく。
雲間に走った赤い稲妻は、血の管に似ていた。
<続く>