酒蔵への転職は、意外だった2人の言葉から。
2016年8月、第二新卒で土田酒造へ。
中学は野球部、高校は空手部、大学はゼミとバイト、1年働いて、フリーターをした。わたしを酒蔵へ導いたのは意外な2人の言葉だった。
一体、誰?
① 中学の野球部
5番レフトのあいつと、3番ピッチャーのわたし。
高校卒業してから、プロ野球やプロレスを一緒に観にいっている。
就活では武蔵境のファミレスで一緒に自己分析をした。
一度だけ夢を聞いたことがある。
下校するバスの中で、彼は車のデザインをしてみたいと言った。
彼はいま、重機の営業をしている。
毎年、年末には東京で会うことになっている。
うちのお酒を取り扱っている新宿の居酒屋に2年連続で行っている。
仕事や趣味の話をダラダラとする。
彼とはなんでも話せる。
転職エージェントに相談しているらしい。
うちの蔵にこないか?と誘っている。
そう、彼ではない。
②高校の空手部
空手部の同期は仲が良い。
みんな結婚式にも行くし、同窓会もする。
中に、実家が近いことから最初に友達になったヤツがいる。
彼とは成人式も一緒に行った。
取ったばかりの免許で車にも乗せた。
就活では、新座のファミレスで一緒に自己分析した。
「お前は考えてるようで考えてない」
さすが彼は鋭かった。他の人と自己分析すると「思慮深い」と言われていた。内心、納得してなかった。彼の言葉にはしっくりきた。
彼はわたしを誰よりも理解していた。
でも、彼じゃない。
③大学のゼミ
就活で最も濃い時間を過ごしたメンバーだ。
教授は、元ソニー、元経産相、元新聞の方だった。
同期は、新聞、メーカー、保険、証券、IT、石油、色々受かった。
経済学部で、唯一経営寄りのゼミだった。
ビジネス戦略を考えプレゼンする4人チーム。
就活で抜け、残った友人と2人で取り組んだ。
彼の横浜の実家に10日ほど泊まり込んだ。
両親や弟と一緒にご飯を食べた。
POSシステムでは顧客不満足が見えない、というテーマ。
リピート率を上げるための不満足の可視化に取り組んだ。
彼はITベンチャーに就職した。
就活では、市ヶ谷のファミレスで一緒に自己分析した。
彼ほど義理堅い人はいないと思った。
だが、彼でもない。
④大学時代のバイト(ファミレス)
大学1年からずっと同じファミレス。
初めて学年の違うヤツらと共同作業をした。
その中に4つ下でいつもクールなヤツがいた。
「バカなの?」とか言われるが、憎めないヤツだった。
卒業するとき「僕は明日から憂鬱です。」とLINEがきた。
彼とは今もSNSで繋がっていて、帰省すると会う約束をする。
早い段階で転職を考えていたわたし。
休日は彼と食事に行くことが増えてきた。
実家も近いので自転車を押して歩いた。
聞くと彼は音楽学校へ進学していた。
一人目は、コイツだ。
歳も違う口数の少ない彼の言葉が、わたしを変えた。
こんなニュアンスだった。
音楽とか映画とか好きでしょ。
好きなこと仕事にしない理由が分かんない。
彼は想うことを純粋に言っただけだろう。
わたしはステレオタイプから解放された。
就活はリクナビ。
自己分析で決めた部署で、経験に裏付けられたアピールができる会社を探していた。それが"就活"だと思ってた。
過去から解放された。
いまの自分が好きなことを探して、未来を見るのが"就活"に変わった。
⑤前職
新卒でベンチャーの個別指導塾に勤めた。
自己分析が正しければ、間違った選択ではなかった。
実際、やりがいを感じる部分もあった。
入社して1ヵ月で、辞めると言った。
勉強させる意味が分からなくなったからだ。
2ヵ月目で別の教室に移った。
そこには、社長の右腕で最も怒らせない方がいい上司がいた。
他の人は心配していたみたいだけど、
わたしはスキップして帰った。
スキルアップできると確信したからだ。
仕事観はすべてこの人から教わった。
わたしが間違えると必ず
「ごめんね、教えてなかったもんね。」
と言った。
こんなに身に染みる言葉はなかった。
二度と言わせねー!と内心思ってた。
「辞めるのやめればいいのに」
と言ってくれた。
冬季講習では、目標を超えることができた。
でも、この人ではない。
⑥フリーター時代
ステレオタイプから解放され、高校の同級生と旅行した。
あまり考え過ぎず、酒蔵巡りすることにした。
新潟、金沢、飛騨高山へ行った。
同級生は、運転してくれた。
おかげで試飲し放題だった。
「車で行ける×季節を味わう」のスタイルが先にあって、程よい距離にあって、2人が好きなものは日本酒だった。
金沢が特に良かった。
夜の香林坊はきれいだった。
予約していた店も粋だった。
刺し盛のほか、春らしく山菜の天ぷらや地酒をカウンターで楽しんでいると、隣にスケボーを持った1人の外国人が座った。
二人目は、彼だ。
フランス人のザビエルは、建築デザイナーでリノベーションをしている。
フラッと入ってきたようで、注文に戸惑っていた。
塾で毎日教えていた甲斐もあって、中学英語でスラスラ話せた。
塾で働いたことも、いまの自分に繋がる要素だ。
大将に言伝したり、ザビエルと話が盛り上がったりするうちに、
隣にいた静岡の女性と、東京の男性も輪に入った。
2軒目に移ると、彼女は『磯自慢』を勧めた。
お酌を教えたり、つまみを色々試したりして
楽しい夜があっという間に過ぎた。
ザビエルと女性と、後日3人で会うことにした。
飛騨高山〜金沢〜東京と旅したそうで、赤坂見附のゲストハウスで待ち合わせた。
こういう出会いは初めてだった。
ぼんやりと「酒ってすごいなー」と思った。
両親にもまだ言わなかったけど、
自分には酒蔵があってるんじゃないか?と思い始めていた。
ザビエルにこんな感じで打ち明けた。
Actually...I think, I want to be a Sake Maker.
How do you think ?
ザビエルの回答が、わたしを変えた。
COOL ! you're still young, you can do anything !
ザビエルの目は嘘じゃなかった。
このとき、酒蔵って凄い仕事なんじゃないか?と思った。
ステレオタイプから解放された頭に、選択肢が迫ってきた。
その日の夜、両親にも話した。
やってみろっという感じだった。
決意した。
思えば、昔から甘酒が好きだったし、両親も日本酒が好きだった。
群馬に遊びに来たり、実家に酒を送ったりしている。
好きなことを仕事にしている息子が誇らしいとでも言いたそうだ。
答えは、
バイト先の4つ下の後輩とフランス人デザイナーのザビエルだ。
転職を考える誰かに何か伝わろう。
ステレオタイプを避けるため、まとめ無しで。
p.s.
この歌詞もわたしの背中を押してくれた。
当時より10年前の自分が伏線を張ってたんだね。
You only get one shot, do not miss your chance to blow.
This opportunity comes once in a lifetime...
eminem / Lose yourself