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短編小説「曼珠沙華とやくそく」①
このお話は、第41回アンデルセンのメルヘン大賞に応募した作品です。落選となってしまいましたが、後学のために投稿します。(本文応募時のまま)
6000文字を越えるので、3回に分けて投稿します。
②は来週の土曜日(3/23お昼頃)に投稿予定です。
以下本文
おばあちゃんがいなくなった。リビングにもいないし、大好きなお庭にもいない。パパとママに聞いてみた。
「おばあちゃんはどこ?」
パパとママは顔をしばらく見合って、言いにくそうに教えてくれた。
「ようちゃん、あのね。おばあちゃんはね、お空にお引っ越ししたんだよ」
「なんで?なんで?なんでおばあちゃんだけお引っ越しなの!ようちゃんもおばあちゃんと一緒がいい!」
「ようちゃんはまだ行けないんだよ。おばあちゃんはお引っ越ししても、いつもようちゃんのそばにいるよ」
「どこにもいないもん!ようちゃん探したもん!おうち、ぜんぶ探したもん……」
たくさんたくさん涙が出てきて止まらなくなった。わんわん泣いた。パパとママはとっても困ってそうだけど、全然止まらなかった。おばあちゃん帰ってきて。また一緒にお庭のお花見たいよ。
「もしおばあちゃんがいなくなって、寂しくなっちゃったら、この赤いお花のそばにおいで。おばあちゃん、きっとそばに行くから」
いつの間にか眠ってしまったみたい。起きたときにはパパとママもそばにいなかった。
寝ている間になんだかふわふわな夢を見た。おばあちゃんの匂いがした。
誰かに呼ばれた気がしてお庭に行ったら、真っ赤なお花がたくさん咲いていた。赤いクレヨンでたくさん線を引いたみたいなお花。おばあちゃんに名前を教えてもらったのに、ぜんぜん思い出せない。
「おばあちゃん。なんでようちゃんを置いてお引っ越ししちゃったの?ようちゃんのこと、きらいになったの?」
お花に話したらまた涙がお腹の底から出てきた。わーんと声を上げそうになったとき、赤いお花の方から声がした。
「あなたがようちゃん?」
とっても小さくて可愛い声に名前を呼ばれて、ひゅんと涙が引っ込んだ。赤いお花の中から、小さな小さな女の子がこっちを見てる。
「あなたがようちゃん?」
「うん。ようちゃん」
「よかった。私が見える子で。ようちゃんあのね、おばあちゃんに会いたい?」
「おばあちゃんに会えるの?」
「会えるよ!でもおばあちゃんに会う前に会ってほしい人がいるの。それでもいい?」
「いいよ!おばあちゃんに会えるなら!」
「それじゃあ私の手にようちゃんの手を乗せて?」
「こう?」
小さな小さな女の子が、小さな小さな手を前に出したから、そっと触ってみた。そしたらようちゃんの体がスンっと小さくなって、小さな小さな女の子はおんなじ大きさの女の子になった。
「さ、私と手を繋いでね」
ようちゃんはそっと手を繋いだ。おんなじ大きさの女の子はニコッと笑って、ようちゃんの手をギュッと握った。とってもあったかい。
おんなじ大きさの女の子が赤いお花の花びらを一枚ちぎって大きく振った。そしたら体がふわっと浮いて、あっという間にお空の雲まで飛んできた。
ようちゃんは怖くて、おんなじ大きさの女の子にしがみついた。だってこんなに高いところから落ちたら死んじゃうもん。
「落ちないから大丈夫だよ。それより目を開けて。あなたとお話ししたいって人がいるの」
ようちゃんはそっと目を開けた。ふわふわの雲の上に女の人が立っている。すごく優しそう。ママくらい優しそう。でもママは怒ると怖いから、この人はどうだろう?
「あなたがようちゃん?」
ようちゃんは一生懸命首を縦に振って返事をした。なんだか足がガクガクする。声も上手に出せない。
ママみたいな女の人は、やっぱり優しそうにふふふと笑った。なんだか恥ずかしくて、おんなじ大きさの女の子の後ろにスーッと隠れたくなった。おんなじ大きさの女の子はポンッと背中を押して、ようちゃんをママみたいな女の人の前に立たせた。片目をパチッとしてたけど、なんだろう。
「私はようちゃんのおばあちゃんがどこにいるか知っています」
「え!ホント?」
「本当ですよ。でも今のようちゃんには行けない場所におばあちゃんはいます。生きている人は行けない場所。天国におばあちゃんはいます」
「てんごく?」
ママみたいな女の人が、優しい顔を少しだけ悲しそうな顔にして頷いた。
おばあちゃんに聞いたことがある。人は、命が終わったら、良いことをした人はてんごくに行くって。てんごくに行ったらもうみんなと会えないけど、みんなのことはてんごくからいつでも見られるんだって。おばあちゃん、てんごくに行っちゃったの?おばあちゃん、死んじゃったの?
「ようちゃんのおばあちゃんはとても心の綺麗な人で、花や虫や人、自然を本当に大切にしてきました。そういう人は天国へ来るとき、ひとつだけ願い事を言えるんです。おばあちゃんの願い事は、『自分がいなくなった後、ようちゃん、つまりあなたの心が壊れそうになったら一度でいいから話をさせてほしい。自分でお別れを言わせてほしい』でした」
「おわかれ?」
「そうです。一度死んだものを生き返らせることはできません。魂は一つの体に一つずつ。そして生きているものの命を奪うこともできません」
おわかれという言葉に、引っ込んでいた涙がまた溢れてきた。もうおばあちゃんに会えない。おわかれを言われたら、もうおばあちゃんとお話しできない。そんなのいやだ。
「いやだ。おばあちゃんとおわかれ、いやだ」
「そうですね……。あなたに会ってほしい子がいます。おばあちゃんに会う前に、その子に会ってみてください。さ、早く」
おんなじ大きさの女の子がコクリと頷くと、また赤い花びらを大きく振った。今度は雲の上をビュンビュンと真っ直ぐ前に進んでく。
――②へ続く
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