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掌編 ユキワリソウ
ユキワリソウ
「なあ、俺さ、好きな人できた」
蝉が五月蠅い季節の、なんということはない日の高校の昼休み。
これまた普通の学生、津田は友人の斎藤にそんな告白をした。
「そりゃまた急な。どうした」
斎藤は箸を置いて聞いた。昨日まで津田はそんなそぶりを一切見せていなかったからである。
「なんだよ、もっと驚けよ。俺に遂に春が来たんだぞ!」
「今は夏だ。それになあ……驚くって言ってもねえ」
もちろん、斎藤は「春が来た」の意味は理解している。ただ、上機嫌な津田に合わせると、何処までも調子に乗ることが三年間の日々でわかっていたから、そっけなく対応しただけである。
「いいや。気になるだろ。誰を好きになったか。なあなあ、気になるだろ」
「うん。それはそう。誰だよ」
津田は満足げな表情と共に、左手で小さく相手を示した。
「高村さんか。意外だな」
津田が示した相手、高村玲奈は、津田達とは対角の陽当たりが良い窓際の席で、友人たちと昼食を楽しんでいる。線の細い、華美ではないが品のある人である。
「お前のことだから、もっと明るい、活発な子を好きになると思ったんだが」
「わかってないなあ。確かに目立つ子じゃないさ。でもしっかり見ると中々すごいんだ。俺だけが気づいたと言ってもいい」
「そんなにか」
「おう。もうゾッコンよ。さながら雪割草のように素敵な人……」
「そこは薔薇とかじゃないんだな」
また変に凝った例えをするなと斎藤は思った。
津田のことだ、ありきたりな物言いが嫌で、図鑑か何かから引っ張ってきたのだろう。
「違う違う。美しいから薔薇なんて、マンネリだろ。安直さ。それなら、雪割草の方が彼女にピッタリな表現なんだって」
案の定だった。
「とにかく、見てればわかるさ。俺がなんで惚れたか」
「わかった。お前がそこまで言うのなら俺も気になる」
「あ、惚れるなよ」
「そこは心配するな」
それからしばらくの間、斎藤は高村の様子を注視するようになった。
そして、津田の言葉に納得せざるを得なかった。
まず、極めて彼女は真面目だった。どの授業でも上の空になることなく、マメにノートをとり、教員に指名されてもスムーズに済ませる。
当たり前かもしれないが、自分を含めて意外とそんな真っ当な学生は今時少ないんじゃないかと斎藤は思ったのだ。その間、ふと津田に目を向ければ、彼は眠っていることの方が多かった。
そんな子なのだから、当然人当たりも良い。
男女分け隔てなく接する。穏やかな雰囲気だから話しかけづらいということもない。こちらの話をしっかり聞いて、真っ当な返事をくれる。やり取りの間に嫌そうな表情も、外れた返答も当然無い。
目立つタイプではないから、常に話題の中心にいるというわけではないが、そんなことはたいした問題ではない。
寧ろ、彼女の雰囲気に合致していると斎藤は思った。
ある日、彼は筆記具を忘れた時、敢えて借りに行ってみたことがある。
その際彼女は、「予備で持っているから」と、ペンだけでなく消しゴムや定規等一式を貸し出してくれた。
「目立ちはしない優等生タイプか。こんないい子が居たとはねえ……」
斎藤は雪割草についても調べてみた。高山植物で雪が残っている時期から花を咲かすという。派手さはないが、綺麗な華だった。津田が彼女のイメージとしたのもわかる気がした。
「おい、確かにいい子じゃないか。お前が惚れたのもわかるぞ」
津田の自称衝撃の告白から数週間経った昼食の時間、斎藤は彼に伝えた。
「ああ。そうだろ……」
斎藤は妙だと感じた。以前の調子の良さはどこへ行ったのか、津田の返事には力が無い。
「おいどうした」
「いや、ここしばらく考えたんだ。高村さんは勉強もできりゃ、優しくていい子なわけじゃん。じゃあ俺はって考えると、何も釣り合ってないことに気づいてさ」
変に相手のことを真剣に考えたものだからこうなってしまったことは斎藤にも予測ができた。
「そりゃまた急な。でもわかるぞ。高村さんは皆平等に好きというか、誰かを特別に……ってのは感じないな」
「だろ、そうだろ。なんかそう思うと遠く感じてさ」
落ち込む津田の肩に手を置き、斎藤は言った。
「まあ、ああいう人のことを言うんだろうな」
「なんて言うんだよ」
「高嶺の花さ」