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犬塚美輪『読めば分かるは当たり前?―読解力の認知心理学』

☆mediopos3714(2025.1.19.)

犬塚美輪『読めば分かるは当たり前?』は
サブタイトルに「読解力の認知心理学」とあるように
認知心理学の観点から
「読解力がある状態」にたどり着くための
基本的なプロセスがわかりやすく書かれている

読解力を身につけようとする際
「表象能力」「心を動かす」読解
そして「あえて納得しないことを選ぶ「批判」の読解」
という三つの目的地があるとしている

表象の構築においては
「書いてある内容が整理されている」という
「テキストベース」の理解と
「読み手がもともと知っていることや
読んで推論した内容も取り入れて「世界の構築」」という
「状況モデル」の理解が重要である

いうまでもなく「読む」ためには
読む単語の意味を知っていなければならず
単語だけではなく文の意味を読み解けなければならない

しかも文章全体を把握するためには
個々の言葉から全体を作り上げていくというプロセスと
全体像を把握した上で理解していくプロセスとが必要となる

そうした「表象構築」をふまえながら
物語等によって「心を動かす読解」
さらには「「わからない」ことが分かる」「メタ認知」による
「批判的読解」が必要とされる

そしてその際には
誤情報に対抗するための知識と心の準備が重要となる

本書では主には以上のような
認知心理学的なアプローチがなされているが

おそらく本書に書かれていないことに
ほんらいの「読解力」の肝があるのではないかと思っている

学校で教えられるようなことにせよ
マスメディアで報じられているようなことにせよ
書かれてある言葉や文章を「読解」するというよりも
そこに書かれていないことや
(あえて)示唆されることのないことについてこそ
「読解」が必要ではないのだろうか

たとえば学校の教科書においても
また極めて低い透明性が指摘されている
日本のマスメディア(オールドメディア)においても
そこで排され隠されている視点をいかに読み取り
多視点的に検証しながら読み取らなければ

認知心理学的には
「読解力の地図」を持っているときでも
書かれていないことが読解できなければ
現実とは真逆の視点しか得られないこともあるからである

本書では「誤情報に対抗」して
「それを信じる背景には、それを受け入れやすい要因や文脈」が
あることについて示唆されているにもかかわらず

たとえば「科学」や「陰謀論」
そして「フェイクニュース」といった
常識的に正しい視点として位置づけられている観点については
「批判的読解」はまったくなされないまま
それらが前提とされていたりもすることでもそれがわかる

おそらく現代においてもっとも重要なのは
認知心理学的な意味で基本的な「読解力」をもちながらも
みずからの「読解力」の陥穽そのものを見据え
「読解力の地図」を必要に応じ
フレキシブルに更新することなのではないか

まさに「読めば分かる」が「当たり前」ではないように
書かれていないことの読解や
書かれていることの置かれている
さまざまな「文脈」そのもののなかで
自らが疑うことのないまま
前提としがちなところについてこそ
それを問い直すための「読解」が必要なのである

■犬塚美輪『読めば分かるは当たり前?―読解力の認知心理学』
 (ちくまプリマー新書 2025/1)

**(「はじめに」)

*「地図としてこの本がはじめにお示しするのは読解力の「目的地」です。私たちはどんなふうになりたいのか。読解力があるってどういうことか、まずは目的地をみんなで確認しましょう。

 目的地を理解したら、次は現在地を知らなくてはなりません。自分の読解力がどういう状態なのか。「私は読解力がない」というのはどういうことなのかを丁寧に考えてみましょう。自分の読解力を知るためには、心理学の研究知見が役に立ちます。「分からない」「読むのが難しい」というのはどういう状態なのか、心理学的に紐解いていきます。」」

「目的地と現在地、つまり「読解力があるとはどういうことか」また「読解力がない状態とは何ができない状態なのか」をハッキリさせたいのは、それが道筋を考えることにつながるからです。」

**(「第一章 三つの読解」)

*「多様な読解力を整理して、私たちの目的地がどのような位置関係にあるのかを把握してみましょう。(・・・)ざっくり三つに分けて考えていくことにしたいと思います。

 三つの目的地のうち、第一の目的地になるのが表象能力です。二つ目と三つ目は(基本的には)この第一の目的地を経由しないとたどりつくことができない、二種類の「第二の目的地」と位置付けてよいでしょう。第二の目的地は、感動したり夢中になったりする「心を動かす」読解と、あえて納得しないことを選ぶ「批判」の読解です。」

・二種類の表象構築

*「表象構築ができる、とはつまり、書かれている世界が頭の中に再現できる、ということでした。この表象能力には二つの異なるレベルを考えることができます。第一のレベルは、「書いてある内容が整理されている」レベルで、これを「テキストベース」の理解と呼んでいます。」

「もう一つの表象構築のレベルは、「状況モデル」と呼ばれています。(・・・)状況モデルでは読み手がもともと知っていることや読んで推論した内容も取り入れて「世界の構築」が行われます。」

・三種類の読解の目的地

*「「心を動かす読解」も「批判的読解」も、書いてある情報を自分の知識ネットワークと結びつけるというところは共通しています。つまり、自分の知識を用いて、書いてある内容を精緻に再現する「状況モデル」を構築する点は共通しています。しかし、第二の目的地である「心を動かす読解」と「批判的読解」では、そこに異なる要素(感情、論理)を付加してバージョンアップした状況モデルを作るという点が異なっています。

 日常的な経験との対応を考えると、表象構築の読解ができたときは「理解できた」「わかる」、心を動かす読解をした場合は「感動した」「泣けた」、批判的読解をする場合は「本当かどうかよく考える」といった現象が当てはまると言えるでしょう。」

**(「第二章 読んで理解するための心の「道具」」)

・ワーキングメモリとスキーマ

*「「どうやって目的地にたどり着くか」を探る旅に出発!・・・・・・といきたいところですが、その前に、文章を理解するプロセスで私たちが使っている頭の仕組みについてお話ししたいと思います。私たちは、頭の中の様々な機能をフルに使って文章を理解していますが、ここでは解くに重要な二つをご紹介します。」

「一つ目の「道具」はワーキングメモリと呼ばれる機能です。ワーキングメモリは、私たちが様々な知的な活動をするときに情報を少しの間記憶しておく働きをする記憶の機能です。」

「次にご紹介するのは「スキーマ」です。スキーマは、私たちが持っている知識の枠組のことで、いわゆる「常識」の一つのかたちです。私たちは、自分の経験や学習した内容から、世界がどのようにできているのかを把握していきます。このとき私たちは、ひとつひとつ異なる経験をそのまま頭に入れるのではなく、「○○とはこういうものである」というふうに知識を整理していきます。この整理された知識のことをスキーマと呼んでいるのです。」

**(「第三章 文字を読むのは簡単か」)

*「ひとが文章をどのように読んでいるかを考えると、表象構築、心を動かす読解、批判的読解の三種類すべての共通する部分と、それぞれ異なる部分があります。」

*「基本プロセスには「ボトムアップ」と「トップダウン」の二つの方向があります。このうちボトムアップのプロセスが、個々のデータをもとに全体を作り上げていくというプロセスを指していて、「データ駆動処理」とも呼ばれます。文章を読むときの「データ」は文字ですね。一つ一つの文字から文章の表象を作り上げていくことが、ボトムアップと呼ばれている文章理解の基本的なプロセスです。」

**(「第四章 単語を知っているということ──ボキャブラリー」)

*「その人が単語を知らない場合は、読み上げられても次の段階の語彙認識をクリアすることができません。」

「読み上げの段階をクリアできたら、次はその文字のまとまりが表している意味がなんなのか、記憶されている知識を検索して探します。文字のまとまりと対応する意味を頭の中の知識ネットワークから引っ張り出してくるのです。」

*「読解の第一の目的地は表象構築ですが、この目的地にたどり着くためには、読み手がその文章で用いられていることばの意味にアクセスすることが必要だということがわかりますね。つまり、読み手自身に豊富な語彙の知識があることが読解の成功に結びつくということを示しているといえます。」

**(「第五章 文の意味を読み解く」)

*「文章がどのようにできているかを考えると、単語を羅列しただけでは「意味」が生まれないということがはじめの「山」です。」

*「文の理解といっても、その文だけでは意味が完結せず、ほかの情報を使って始めて正しく意味がとらえられるのですね。」

*「文の曖昧さやギャップが特に問題となるのは、新たな知識を獲得しようとする場面だと言えるでしょう。」

**(「第六章 文章全体を把握する」)

*「文章全体の意味を把握するためには、(・・・)「命題」の把握と関連付けをより広い意味で実行して、「テキストベース」の理解表象を作っていく必要があります。書かれた情報をうまく整理してつなげた表象が「テキストベース」です。」

・トップダウンのプロセス

*「ボトムアップの処理は、データを一つ一つつなげていく、いわば「ヒントなしのジグソーパズル」を解いていくような処理プロセスです。(・・・)それに対してトップダウンの処理とは、「完成したら人間の顔になりますよ」というように「あらかじめ全体像を知っているときのジグソーパズル」状態のプロセスを意味指しています。」

*「読解力をつける第一歩は「読んで分かるというのはどういうことか」ボトムアップの処理とトップダウンの処理について理解し、どうすればつまずきを解消できるのか考えることです。」

**(「第八章 心を動かす読解」)

*「読むことによって新しい知識を得ることは、「頭の中の変化」と位置づけられますが、何かを読んでことで気持ちに変化が生じるような「心の中の変化」も生じます。心理学では、頭の働きのことを「認知」、感情や気分といった心の働きのことを「感情」と呼んでいます。「表象能力の読解」の先には。特定の感情が生起したり、感情に変化が生じたりうる「心を動かす読解」があるのです。」

*「文章を世で心が動く」というのはどのようなプロセスなのでしょう。感情が強く生起する場合と、そうでもない場合があるのはなぜなのでしょうか。このカギは物語の世界への「移入」にあるようです。移入とは、物語の世界をまるで現実の世界であるかのように感じ、物語の中での出来事に集中する経験のことです。移入状態になったとき、読み手の心は大きく動くのだと考えられます。」

*「個々の物語が人の考えを変えるという特徴を活かして、「説得のための作戦として物語を用いる」こともしばしば行われます。」

**(「第九章 状況モデルの批判とアップデート」)

*「表象構築のさらに先にある目的地としては、「心を動かす読解」のほかに「批判的読解」があります。」

・「わからなことがわかる」————メタ認知

*「「頭の働き」のことを「認知」と呼びますが、「わかった」とか「わからない」といった感覚は、私たちが時分自身の「認知」を把握しているということを指しています。「認知を把握する」ことも「頭の働き」ですから、これは「認知」の「認知」ということになります。この表現ではわかりにくいので、自分の頭の中がどうなっているかを適切に把握することは「メタ認知」と呼ばれています。」

「メタ認知をうまく働かせることは、さまざまな課題を実行したり、問題を解決したるするうえでとても重要です。」

「よりよい理解のためにはメタ認知が適切に働いて「わからない」ことが分かることが重要だと言えます。「わかった」「わからない」のような。頭の中の現状把握をする働きを、特に「メタ認知モニタリング」と呼んでいます。」

・誤情報に対抗するためにできること

*「私たち一人ひとりが誤情報に対抗するためには何ができるでしょうか。ここまでの内容から、誤情報に対抗するためには、まずメタ認知をうまく働かせること、そのための知識と心の準備をすることが重要であると言えます。

 誤情報に対抗するための知識としては、「特に注意するべき誤情報」がどのような特徴を持っているかを知ることが有効だと言われています。」

・持っている枠を超える力としての読解力

*「読解のゴールは表象構築ですが、その表象のあり方が誤情報に対する脆弱性にもつながっていると言えます。多くの人が「正しい情報を伝えさえすればよい」と考えていますが、それではなかなかうまくいかない、ということを理解していただけたのではないかと思います。誤情報を訂正するとき(あるいは素朴概念を訂正するとき)の難しさは、誤った情報が他の情報とつながった表象を構築しているという点から理解することが重要でした。

 一つの事実についての誤情報であっても、それを信じる背景には、それを受け入れやすい要因や文脈が関わっています。たとえば、もともと持っていた考えや意見に沿っている誤情報は、そうでない誤情報より受け入れやすいものです。」

【目次】

はじめに
読解力は身につくのか/そもそも読解力とはなんなのか
 
第一章 三つの読解
1 表象構築の読解力
  二種類の表象構築/状況モデルは必要か
2 三種類の読解の目的地
  心を動かす読解/批判的読解
3 三つの目的地を目指して

第二章 読んで理解するための心の「道具」
1 「心のメモ帳」ワーキングメモリ
  ワーキングメモリの限界
2 スキーマ
3 読解で使われる“心のメモ帳”と“フィルター”

第三章 文字を読むのは簡単か
1 線から文字への自動変換
2 文字を読めるのは当たり前か
  教育の必要性/発達性ディスレクシア
3 文字を読めないことによって生じるつまずき
4 解決は可能か
 
第四章 単語を知っているということ──ボキャブラリー
1 単語を知らないことはどのくらい問題か
2 三種類の語彙
3 知っている単語を増やすには
4 適切な意味を選ぶ
5 語彙と読解

第五章 文の意味を読み解く
1 文をどのように「見ている」か
2 統語の基本―語順
3 ヒューリスティックを用いた意味理解
4 複雑な文の意味を理解する
5 文の外の情報を用いた推論
6 教科書は案外難しい

第六章 文章全体を把握する
1 命題と命題をつなげる
2 命題を整理する
3 トップダウンのプロセス
  範囲を絞って考える/“先行オーガナイザー”の効果
4 文章のジャンルによる違いー物語のほうが読みやすいのはなぜか
5 読み上げることと分かることの差

第七章 表象構築のために何ができるか
1 文章の要因、読み手の要因
2 読解能力とはなにか──読解のスキルと方略
3 読解方略を身につける
  どのような方略があるか知る/使ってみる

第八章 心を動かす読解
1 心を動かす読解に正解はあるのか
2 物語への旅
3 物語が人を変える
4 作戦としての物語説得
5 自分の枠を広げる力としての読解力

第九章 状況モデルの批判とアップデート
1 「わからないことがわかる」―メタ認知
  メタ認知の働き/批判的読解におけるメタ認知
2 間違った知識を修正する
3 誤情報に対抗するためにできること
4 持っている枠を超える力としての読解力

第一〇章 おわりに──読解力の地図は描けたか
もっと知りたい人へ/最後にひとこと……

○犬塚 美輪(いぬづか・みわ)
東京都出身。東京大学教育学部・東京大学大学院教育学研究科で教育心理学を学び、日本学術振興会特別研究員(PD)、東京大学先端研研究員、大正大学を経て東京学芸大学教育学部准教授。研究テーマは、読み書きの心理プロセスと指導法開発。現在は、紙に印刷された文章を正しく理解することを超えて、インターネットなど様々な媒体の真偽が不確かな情報をどのように「読む」か、に興味をもって研究を進めている。著書に『論理的読み書きの理論と実践』(北大路書房)、『生きる力を身につけるーー14歳からの読解力教室』(笠間書院)、『認知心理学の視点――頭の働きの科学』(サイエンス社)など。

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