落合淳思『部首の誕生 漢字がうつす古代中国』
☆mediopos3640(2024.11.6.)
日本語を表記するとき
漢字は必須の文字なのだが
その漢字の成り立ちについて
意識することは少ない
漢字は古代中国で作られ
その当時の世界を反映していて
「歴史的に見れば部首にはもっと大きな役割があり、
古代において文字が作られた際には、
その文字の意味に関与していた」
「部首」はその世界の縮図ともいえ
動植物や人体・人工物など
さまざまな要素を含んでいる
目とか口
日や土などのような
字素あるいは単体字のような
単独の対象を表した象形文字はわかりやすいが
「部首」だけになると
なぜそれが使われているのか
よくわからないものも多い
部首の定義や分類は歴史的に変化し
固定的なものではないが
最初に部首の分類がおこなわれたのは
後漢時代の『説文解字』で540の部首が設定された
その後も中国では様々な字典が作られていったが
部首の数が多すぎたこともあり
検索の利便性を高める工夫がなされ
明代末期には現在も使われている
楷書の214部首が成立し
漢字(正字)の基準とされている
清代の『康熙字典』もこれを採用している
落合淳思『部首の誕生 漢字がうつす古代中国』は
部首の意味するものやその成立を見ていくことで
そこに反映されている古代中国の文化と社会について
興味深く理解を深めることのできる一冊となっている
本書で紹介されているなかから
以下いくつかの事例をとりあげてみる
「横」は「木」が部首であり
「門が横向きにかける木製の閂(かんぬき)」を表していたが
後に「よこ」という一般概念として用いられるようになった
「測」は「水(氵)」が部首であり
本来は「河川の水深を測ること」を吾表していたが
後に「はかる」という一般的な動詞として使われるようになった
「聴」は「聖」と同源の文字だったが
転じて「かしこい」の意味になり
さらに偉人(聖人)を讃える文字となった
「止」は足(足首より下)の象形であり
後の時代に「とまる」として用いられたが
当初は「すすむ」を意味して用いられていた
「特」は本来は「特別大きな牛」を表す文字だったが
一般化して「特別」の意味で使われるようになった
「群」は「羊の群れ」を表す文字だったが
一般化して「むれ」として「むれ」として使われている
「酬」は本来「酒をすすめる」ことを表していたが
転じて「むくいる(報酬など)」として使われた
「零」は「小雨が降る」を表していたが
転じて「おちぶれる」や「わずか」の意味となった
また「ゼロ」の訳語にも使われている
■落合淳思『部首の誕生 漢字がうつす古代中国』
(角川新書 2024/10)
**(「はじめに」より)
*「歴史的に見れば部首にはもっと大きな役割があり、古代において文字が作られた際には、その文字の意味に関与していた。
例えば、「横」は「木」が部首であり、本体は「門が横向きにかける木製の閂(かんぬき)」を表していた。後に、「よこ」という一般概念に対して用いられるようになったため、なぜ「横」の部首が「木」なのかが分かりにくくなったのである。
同様に、「測」は「水(氵)」が部首であり、本来は「河川の水深を測ること」を表していた。こちらも、後に「はかる」という一般的な動詞として使われるようになったため、なぜ「測」の部首が「水」なにかが分かりにくい。
そのほかにも、本書では「なぜ縮の部首が糸なのか」や「なぜ軽の部首が車なのか」、あるいは「なぜ旗の部首が方なのか」や「なぜ雇の部首が戸ではなく隹なのか」などについても取り上げる。
現在、214種類の形(重複形を除く数字)が部首とされており、それが定められたのは比較的新しく、17から18世紀のことである。しかし、漢字の歴史は非常に古く、3千年以上前の甲骨文字において、その214種類のうち既に80%以上の形が出現していた。
そのため、漢字の部首は、単に意味を示すだけではなく、古代世界の人々の生活や文化、あるいは社会や制度なども反映している。例えば、部首の「貝」は、財貨に関係する文字に使われるが、これは古代中国で貝(子安貝)が貴重品として流通していたことに由来する。また「广(まだれ)」は片側の壁がない家屋の形であるが、古代の王の宮殿を表しており、王が建物の中から屋外の臣下に対面した「天子南面」の制度を反映している。」
**(「第一章 部首の歴史──『説文解字』から『康煕字典』へ」より)
*「部首の定義や分類は、歴史的に変化しており、固定的ではない。」
「最初に部首分類をおこなったのは、(・・・)後漢時代の『説文解字』であり、合計して540の部首を設定した。その際に考慮されたのが文字の成り立ちである。」
「『説文解字』の後も、中国では様々な字典が作られ、当初は『説文解字』の部首が継承された。しかし、540という部首は多すぎて、検索の利便性を低下させていた。
そのため、近世には、属する文字が少ない部首を整理したり、あるいは便宜的に類似系を同一部首としたりすることで、検索の利便性を高める工夫がおこなわれた。そうして明代末期において、現在も使われている楷書の214部首が成立し、漢字(正字)の基準とされる清代の『康熙字典』もこれを採用した。
このように、『説文解字』が文字の成り立ちという基準から部首を選択したのに対して、近世には検索の利便性という点から部首が取捨選択されたのである。」
**(「第二章 動植物を元にした部首──「特」別な牛、竹製の「簡」」より)
*「漢字の部首には動植物を元にしたものが多く、特に古代の人々の生産活動に関係する動植物が目立つ。」
「中国では、新石器時代の初期(紀元前6千年ごろ)に農耕と牧畜がはじまり、殷代や西周代にも主たる産業であった。農耕に関係する部首が「禾(か)」であり、牧畜に関係する部首が「牛」や「羊」などである。また「木」や「竹」は建築や日用品の材料になった。」
**(「第三章 人体を元にした部首──耳で「聞」く、手で「承」ける」より)
*「漢字には、人間の様子や行動を表した文字が多い。その場合には、人体を元にした部首が使われることになる。
よく使われるのが人体の全身を表した形であり、人の姿の「人」や座った人を表す「卩(せつ)」などがある。派生した形もあり、例えば「老(耂)」は元は長髪の老人を表した形で「人」を含んでいた。
特定の部位を使った行動の場合には、その部位だけを取り出すこともある。目の形の「目」は主に見ることに関係して使われ、耳の形の「耳」は聞くことに関係して使われる。
そのほか、手の形の「又(ゆう)」や「手(扌)」は手を使った行動、足の形の「止」や「足」は足を使った行動を表す文字に使われる。「心」も人体に関係しており、元は心臓の象形であったが、転じて「こころ」として使われた。」
**(「第四章 人工物を元にした部首──衣服の余「裕」、完「璧」な玉器」より)
*「漢字の部首には、人が作った諸種の道具を元にしたものも見られる。庶民(農民)の生活において重要だったのは衣食住で、これに該当するのは衣服の形の「衣(礻)」や器物の形の「皿」などである。」
**(「第五章 自然や建築などを元にした部首──「崇」は高い山、「町」は田のあぜ」より)
*「漢字のうち、単独の対象を表した象形文字は「字素」と呼称される(「単体字」とも)。」
「具体的には、自然に関係する部首と建築・土木に関係する部首がある。自然に関係する部首として、例えば太陽の象形の「日」や土盛りの象形の「土」などがある。建築や土木(土木工事)」に関係する部首としては、家屋の「宀」や道路の四つ辻の象形の「行」などが見られる。」
**(「第六章 複合字の部首──より多様な概念の表示」より)
*「漢字のうち、複数の象形文字を組み合わせた会意文字は「複合字」に分類される(「合成字」とも)。意符と声符を組み合わせた形声文字も複合字であり、そのほか象形文字に記号を組み合わせた指事文字も広い意味で複合字に含まれる。
複合字によって初めて表示可能になった概念もあり、部首としても使われた。例えば「疒」は、寝台と人を合わせた形であり、病気に関係することを表示した。」
**(「第七章 同化・分化した部首──複雑な字形の歴史」より)
*「漢字は、本来は別の起源だった文字が、楷書までに同一の形になるという現象がある。これを本書では「同化」と呼ぶ。逆に、本来は同一の文字だったものが、複数の文字に分かれて使われることもある。本書ではこの現象を「分化」と呼ぶ。
部首にもそうした同化・分化が見られる。」
「部首は必ずしも固定的ではなく、時代によって複雑に変化した。「月の形」が「月」と「夕」に分かれたり、「軍旗の形」の一部が「方」と同じ形になったりしたのである。」
【目次】
はじめに──部首は古代世界の縮図
序 章 漢字の歴史──甲骨文字から楷書へ
第一章 部首の歴史──『説文解字』から『康煕字典』へ
□コラム 甲骨文字の部首と配列
第二章 動植物を元にした部首──「特」別な牛、竹製の「簡」
□コラム そのほかの動植物を元にした部首
第三章 人体を元にした部首──耳で「聞」く、手で「承」ける
□コラム そのほかの人体を元にした部首
第四章 人工物を元にした部首──衣服の余「裕」、完「璧」な玉器
□コラム そのほかの人工物を元にした部首
第五章 自然や建築などを元にした部首──「崇」は高い山、「町」は田のあぜ
□コラム そのほかの字素の部首
第六章 複合字の部首──より多様な概念の表示
□コラム そのほかの複合字を元にした部首
第七章 同化・分化した部首──複雑な字形の歴史
□コラム そのほかの同化・分化した部首
第八章 成り立ちに諸説ある部首──今でも続く字源研究
□コラム 字源のない部首
おわりに──漢字の世界の広がり
索引