坪井貴司『「腸と脳」の科学/脳と体を整える、腸の知られざるはたらき』
☆mediopos3602(2024.9.29)
「腹をくくる」「腹を割って話す」「腑に落ちる」「太っ腹」
あるいは「腹が立つ」「腹の虫が治まらない」「腹黒い」など
脳と腸を結びつけるともいえる言葉があるが
現在では腸は「第二の脳」といわれるようになっているように
脳と腸は相互に情報やりとりをしながら影響を及ぼしあい
身心の状態を調節していることがわかっている
そのしくみは「脳腸相関」と呼ばれ
(腸から脳へ情報を伝えるしくみは腸脳相関)
それが分子および細胞レベルで明らかになってきているのである
「脳腸相関の要となる腸内環境の乱れは、
便秘や下痢といった腸疾患だけでなく、
糖尿病や肥満、そしてアルツハイマー型認知症な
どさまざまな病気の原因となる、
こうした病気を悪化させること」が明らかになってきたため
現在世界中の研究者たちが注目しているのだという
坪井貴司『「腸と脳」の科学』では
そうした腸と脳が相関するメカニズムが
以下のような構成のもとに解説されている
第1部は
脳腸相関で重要な働きを担っている
「腸内マイクロバイオータ」と呼ばれる
腸の中に存在するミクロな生き物たちについて
第2部は
腸と睡眠・記憶・精神疾患・神経疾患や発達障害
食欲と肥満との関係に関する最近の研究について
第3部は
著者の専門分野である生理学・神経科学の
最新研究で明らかになってきたことや
腸が脳以外の臓器とのやりとりを行っていることについて
比較的理解しやすそうなところについては
各章ごとに付されている「まとめ」を
引用部分で紹介しているが
これとは別に本書では「プロローグ」として
「腸と脳」Q&A(1〜13)が
トピックとして置かれている
その内容から参考になりそうなところを
かいつまんでとりあげておくことにしたい
Q1:腸内環境は、人によって違うのか?
→国籍や年齢・個人によってその組成が違う
Q2:睡眠と腸の関係
→睡眠の質にマイクロバイオータの組成が重要
Q3:腸内環境と記憶力
→ビフィズス菌の摂取により
認知機能の改善や脳の萎縮の進行が抑えられる
Q4:認知症以外の腸内環境が関係している脳の疾患
→筋萎縮性硬化症(ALS)や多発性硬化症
Q5:ストレスと腸
→腸内マイクロバイオータの組成が変化すると
行動に影響を及ぼす可能性がある
Q6:腸は第二の腸といわれるのはなぜ?
→生命機能の維持に欠かせない働きがある
Q7:発達障害と脳腸相関
→腸内マイクロバイオータの組成の変化によって
脳内で使われる遺伝子が変化し
自閉スペクトラム様症状が引き起こされる
Q8:うつ病と腸内環境の関係
→ビフィドバクテリウム属・ラクトバチルス属
その2種類の細菌が減ることでうつ病のリスクが高まる
Q9:感染症と腸の関係
→腸管バリア機能が正常に機能しているかどうかが
感染症の重症化に関わっている可能性がある
Q10:腸内環境と肥満
→高脂肪で食物繊維の少ない食生活で
腸内マイクロバイオータの組成が変化し
その結果として肥満化する可能性が高まる
Q11:腸内環境を整える食べ物
→ビフィズス菌などの多くは胃酸で死んでしまうので
食物繊維の摂取が有効
Q12:腸内環境にとってよくない食べ物は?
→カロリーのない人工甘味料や
さまざまな疾患で服用される治療薬
Q13:腸と脳以外の臓器とのつながり
→腸肺相関・腸肝相関・腸腎相関・腸筋相関
■坪井貴司『「腸と脳」の科学/脳と体を整える、腸の知られざるはたらき』
(ブルーバックス B 2273 講談社 2024/9)
**(「はじめに」より)
*「全身の臓器の中でも「腸と脳」が密接にやり取りし、お互いに影響を及ぼすことで、私達の身心の状態を調節しているしくみは、「脳腸相関(中でも腸から脳へ情報を伝えるしくみについては、腸脳相関)」と呼ばれています。近年このしくみは、分子および細胞レベルで少しずつ明らかになってきました。じつは世界中の研究者たちが注目してしのぎをけずっているホットな研究対象の一つなのです。
なぜなら、脳腸相関の要となる腸内環境の乱れは、便秘や下痢といった腸疾患だけでなく、糖尿病や肥満、そしてアルツハイマー型認知症などさまざまな病気の原因となる、こうした病気を悪化させることもわかってきたからです。」
*「本書では、第1部で、なぜ腸と脳が連絡を取り合っていることがわかったのか、腸の中に存在するミクロな生き物たち(「腸内マイクロバイオータ」と呼ばれます)が、脳腸相関で重要な働きを担っていることを解説します。
第2部では、最近の研究からわかってきた腸と睡眠、記憶、精神疾患、神経疾患や発達障害、そして食欲と肥満との関係を紹介しましょう。
そして第3部では、著者の専門分野である生理学、神経科学の最新研究で明らかになってきた、より詳しい脳腸相関のしくみや、腸が脳以外のさまざまな臓器とも情報をやり取りしていることをお話しします。」
**(「第1部 腸脳相関とは何か」〜
「第1章「腸と脳」のつながり」(第1章のまとめ)より)
*「・腸に入った食べ物は、蠕動運動、分節運動、振子運動といった複雑な動きによって消化される。腸は、これらの複雑な運動を、腸管神経系と呼ばれる独自の神経ネットワークによって自律的に調節している。
・一方、脳は、交感神経系や遠心性迷走神経(副交感神経)、さらには市長株や下垂体から分泌するホルモンを介して腸管神経系の機能を調節する。
・消化管には、腸内分泌細胞と呼ばれる消化管ホルモンを分泌する内分泌細胞が存在し、さまざまな生命機能の維持にかかわっている。
・脳で処理されたストレスや情動などの情報は、交感神経や遠心性迷走神経、さらにはホルモンを介して腸へ伝達され、腸管神経系の機能を調節する。一方、腸管が感じた腸管内の環境情報は、腸内分泌細胞が分泌する消化管ホルモンや求心性迷走神経(内臓感覚神経)を介して脳へ伝達される。
・脳と腸はそれぞて独立しているわけではなく、互いにホルモンや神経を介して情報を交換しながら機能している。このしくみを「脳腸相関」と呼ぶ。」
**(「第1部 腸脳相関とは何か」〜
「第2章 腸と脳をつなぐマイクロバイオータの登場」(第1章のまとめ)より)
*「・脳腸相関には、「脳→腸」と「腸→脳」の両方の情報伝達系が存在し、前者を「脳腸軸」、後者を「腸脳軸」と呼ぶ。
・腸内マイクロバイオータは、私達が消化・吸収できないさまざまな物質を分解し、代謝する。その過程で産出される腸内代謝物は、腸管神経系の調節や消化管ホルモンの分泌をう流す。つまり、腸内マイクロバイオータは、脳腸相関を調節する隠れた臓器でもある。このような調節経路を、「腸内マイクロバイオータ——腸——脳相関」と呼ぶ。」
「・ストレスにより腸内マイクロバイオータの組成や通常見られない菌種が以上に繁殖する「ディスバイオシス」が起こる。また、ディスバイオシスによって炎症性腸疾患の発症率が高くなる。
・腸内マイクロバイオータの組成が変化することで、全身の代謝や免疫、さらには行動が変化する。」
**(「第2部 ここまでわかった!「脳を支配する腸」の最新研究」〜
「第3章 腸と睡眠の関係」(第3章のまとめ)より)
*「・体内時計には、脳の視交叉上核の中枢時計と、末梢臓器の末梢時計の2つがある。この2つの時刻合わせは、ホルモンや神経伝達物質だけでなく食事の摂取によっても行われる。また、食事に含まれる栄養素の種類によって、その時刻合わせ能力が大きく異なる。」
「・腸内マイクロバイオーの組成の変化と睡眠の質には相関関係があり、その組成を人為的に変化させることで、睡眠時間だけでなく睡眠の質も制御できる可能性がある。」
**(「第2部 ここまでわかった!「脳を支配する腸」の最新研究」〜
「第4章 腸と記憶力の関係」(第4章のまとめ)より)
*「・認知症の発症に伴い。腸内マイクロバイオータと腸内代謝物の組成が大きく変化する。」
「・特定の腸内マイクロバイオータや腸内代謝物が腸内の多すぎても、逆に記憶力や認知機能の低下、アルツハイマー型認知症を引き起こる可能性がある。」
**(「第2部 ここまでわかった!「脳を支配する腸」の最新研究」〜
「第6章 腸と発達障害・精神疾患の関係」(第6章のまとめ)より)
*「・自閉スペクトラム症やうつ病により腸内マイクロバイオータと腸内代謝物の組成が大きく変化する。
・乳酸菌の一種であるロイテリ菌は、腸内に張りめぐらされている求心性迷走神経を興奮させ、視床下部からのオキシトシンの分泌を促し、自閉スペクトラム様症状を抑える。」
「・ヒトにおいて、抗うつ薬治療に加え、プロバイオティクスであるビフィドバクテリウム属とラクトバチルス属の細菌の投与により、うつ病患者のうつ症状が軽くなることが報告されている。」
**(「第2部 ここまでわかった!「脳を支配する腸」の最新研究」〜
「第7章 腸と食欲・肥満の関係」(第7章のまとめ)より)
*「・食生活の乱れによって、腸内マイクロバイオータの中に肥満や炎症を引き起こすトランス脂肪酸を産出する細胞が増える場合がある。バランスの取れた食事は、腸内マイクロバイオータのディスバイオシスを防ぎ、トランス脂肪酸を産出する細菌の増殖を防ぐことにつながる。」
**(「第3部 腸のブラックボックスを解き明かす」〜
「第8章 腸の中では何が起きているのか?」(第8章のまとめ)より)
*「消化管には、消化管ホルモンを産出して分泌する腸内分泌細胞がある。消化管を構成している細胞のうち、約1%がこの腸内分泌細胞である。消化管は体内で最大のホルモンを分泌する内分泌腺といえる。」
**(「第3部 腸のブラックボックスを解き明かす」〜
「第9章 腸からさまざまな臓器へ」(第9章のまとめ)より)
*「腸内マイクロバイオータが産出する酢酸が、肺上皮細胞の短鎖脂肪酸受容体を活性化し、肺の免疫機能を強化している。
・肺の炎症により腸管免疫が促進され、腸内マイクロバイオータの組成が変化する。このような「腸肺相関」の存在も明らかになりつつある。
・肉類などの動物性脂肪を消化・吸収するために肝臓から分泌される胆汁は、腸内マイクロバイオータによって発がん物質が含まれている二次胆汁酸に変換される。一部の二次胆汁酸は、腸から肝臓へと輸送されるが、多量の二次胆汁酸は肝臓のがん化を引き起こす可能性を高める。二次胆汁酸を増やさないためにも、胆汁酸の分泌を促す動物性脂肪の摂取には注意を払う必要がある。
・腸内の情報が肝臓を介して脳へ伝えられ、その情報が再び腸に戻ることで、腸管の環境を維持する「腸肝脳腸相関」のしくみも存在する。このしくみによって腸管の免疫機能が維持されている。
・腸内マイクロバイオータのディスバイオシスによって尿毒素が産出され、その結果、腎機能が低下する・このような「腸腎相関」の存在も明らかになりつつある。
・腸内マイクロバイオータが産出する腸内代謝物の中には、血管の動脈硬化を引き起こすものや、逆に循環器系の機能を調節して、高血圧や炎症反応を抑制するものがある。同様なしくみがヒトにも存在するのか今後の研究の進展が待たれる。
・運動によって糞便中の短鎖脂肪酸能動が高まるため、「腸筋相関」の存在が考えられ始めている。運動によって筋肉かた分泌されるマイオカインの中には、大腸で発生したがん細胞を自死に導くものもある。
・炎症性腸疾患よ口腔細菌や関節リウマチと腸内マイクロバイオータとの間に相関関係があることがわかった。」
**(「第3部 腸のブラックボックスを解き明かす」〜
「第10章 脳や体をうまく使うには腸を整えよ」(第10章のまとめ)より)
*「・腸内マイクロバイオータの組成を変えることで、自閉スペクトラム様症状やうつ症状の改善が見られたという報告も増えている。」
「腸内マイクロバイオータの組成を整えるためには。昔ながらの日本食、つまり食物繊維の多い食事がよいと考えられる。しかし、食事を曲間に変えることは、下痢や腹痛を引き起こす場合もあるため、バランスの取れた食事を摂ることが重要である。
・安易に健康食品やサプリメントに頼らず、毎日、バランスのよい食事を摂ることが町内マイクロバイオータや腸内環境の正常化につながり、大切である。」
**(「おわりに」より)
*「英語の“gut feeling”という言葉をご存じでしょうか? 「本能的直感」と訳されます。また、“guts”という単語は、「根性」とも訳されます。日本語にも、「腹を割って話す」や「腑に落ちる」といった言葉がありますが、英語でも日本語でも、私達の感情や行動を表す言葉にgutやguts、つまり「腸」や「内臓(消化管)」が用いられています。昔の人々は、国籍、人種に関係なく、腸の大切さや、腸が脳とつながっていることを自らの体の調子の変化から感じ取り、理解していたのかもしれません。」
○坪井貴司
2001年、浜松医科大学大学院医学系研究科博士課程修了。博士(医学)。英国ブリストル大学医学部研究員、米国JDRF研究員、理化学研究所基礎科学特別研究員を経て、現在、東京大学大学院総合文化研究科教授。日本生理学会奨励賞、日本神経科学学会奨励賞、文部科学大臣表彰若手科学者賞を受賞。著書に『知識ゼロからの東大講義 そうだったのか! ヒトの生物学』『知識ゼロからの東大講義 そこが知りたい! ヒトの生物学 2時限目』(いずれも丸善出版)、『休み時間の細胞生物学 第2版』(講談社)、翻訳書に『魅惑の生体物質をめぐる光と影 ホルモン全史』『テストステロン ――ヒトを分け、支配する物質』(いずれも化学同人)などがある。