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皆川博子『天涯図書館』〜「078『ひとはなぜ戦争をするのか』A・アインシュタイン、S・フロイト」
☆mediopos3212 2023.9.3
1930年生まれで現在93歳
現在も現役で作家を続けている皆川博子が
「群像」2020年月号から2023年5月号まで
連載していた「辺境図書館」の051〜086が
『天涯図書館』として刊行されている
その連載時期は新型コロナのパンデミックと
ロシアのウクライナ侵攻から現在までに重なり
そこには東欧・ウクライナ・ロシアや
その関係性に理解が及ぶ書も多い
「本の名刺」という作者からの紹介記事が
同じく「群像」に掲載されているが
そこでは主に078の
「A・アインシュタイン、S・フロイト
『ひとはなぜ戦争をするのか』」がとりあげられている
1932年国際連盟からアインシュタインに
「望ましい相手を選び、
いまの文明でもっとも大切と思える問いについて
意見を交換してほしい」という提案があり
アインシュタインはその相手にフロイトを選ぶ
フロイトはアインシュタインより23歳年上である
テーマは「人間を戦争というくびきから
解き放つことはできるのか」
アインシュタインは
〈国際的な平和を実現しようとすれば、
各国が主権の一部を完全に放棄し、
自らの活動に一定の枠をはめなければならない。〉
と記しているがそれは実現不可能な理想でしかない
「戦争が起きれば一般の国民は苦しむだけなのに、
なぜ権力者の欲望に手を貸すのか、
〈人間には本能的な欲求が潜んでいる。
憎悪に駆られ、相手を絶滅させようとする欲求が〉」と
アインシュタインは自問する
フロイトもまた
「人間の心には強い破壊衝動がある」とし
〈人間が自分の欲動をあますところなく
理性のコントロール下に置く状況〉が理想だが
それは〈夢想(ユートピア)的な希望にすぎない〉と記す
「どうしたら戦争という軛から解き放たれうるか」に対し、
フロイトは「文化の発展」に期待をかける
「知性を高め教養を深めることによって
戦争をなくす方向に人間が向かうことを期待する」のだが
その後まもなく第二次世界大戦が始まってしまう
いままさに見える戦争・見えない戦争も含め
第三次世界大戦が進行中である
戦場は世界各地あらゆるところ
ここからは本書の話を少し離れ神秘学的な話になるが
いわば天上の霊界でも一九世紀の半ば過ぎまで
何十年にもわたる戦争があり
1879年の秋に闇の霊たちが人間界に突き落とされたという
(シュタイナー『ミカエルと龍の戦い』1917年10月26日の講義)
そして地上では大規模な戦争が次々と起こり続けている
大規模な戦争の場が霊界から地上に移されたようだ
闇の霊たちの影響は大きいだろうが
戦争を起こしているのは人間たちにほかならない
人間はフロイトが期待したように
「知性を高め教養を深める」ことが
いまだできていないままのようだ
そして現在起こっている戦争の多くは
「憎悪」からというよりは
管理下に置かれたメディア等も積極活用された状態で
全世界的なコントロール体制をつくるために
さまざまなかたちで仕掛けられた「力」からきているようだ
その「力」が果たしてどのような意図を持っているのか
理解しがたいところがあるが
現状の諸現象から推し量るとすれば
大幅な人口削減による地球環境・資源の確保を通じ
世界統一管理体制の構築へと向かっているように見える
それが今後どう展開されていくか予断を許さないが
その姿はおそらく私たち人間総体の集合意識によって
選択され創造されていくことになるのだろう
(そこに人間総体の知性・教養が反映される)
でき得ればさまざまなかたちで起こる「戦争」が
善き生みの苦しみでありますように
■皆川博子『天涯図書館』(講談社 2023/7)
■本の名刺『天涯図書館』皆川博子
(群像 2023年9月号)
(「本の名刺『天涯図書館』皆川博子」より)
「一九三二年、国際連盟の国際知的協力機関が、アルバート・アインシュタインにひとつの提案をしました。
望ましい相手を選び、いまの文明でもっとも大切と思える問いについて意見を交換してほしい。
アインシュタインは、相手にジークムント・フロイトを選び、書簡を送ります。
もっとも重要なテーマとしてアインシュタインが取り上げたのは、「人間を戦争というくびきから解き放つことはできるのか」でした。」
「アインシュタインは二十三歳年上の心理学者にして精神科医のフロイトに、真摯に問いかけます。
自分は物理学者なので、〈人間の感情や人間の想いの深みを覗くこと〉は難しい、〈人間の衝動に関する深い知識で、問題に新たな光をあてていただきたいと考えております。〉
アインシュタイン自身は、戦争を回避するひとつの案を考えつきます。〈すべての国家が一致協力して、一つの機関を創り上げ(略)国家間の問題についての立方と司法の権限を与え、国際的な紛争が生じたときには、この機関に解決を委ねる〉。
けれども、すぐにそれが至難であることを記しています。〈国際的な平和を実現しようとすれば、各国が主権の一部を完全に放棄し、自らの活動に一定の枠をはめなければならない。〉それを諾う国は、おそらく、ない。
国際平和を願い、その実現のために多くの人々が真剣に努力してきたのに、なぜ完全な平和は達成できないのか。
アインシュタインは自問自答します。
〈人間の心自体に問題があるのだ。人間の心のなかに、平和への努力に抗う種々の力が働いているのだ。〉」
悪しき力の最たるひとつとして、権力欲をアインシュタインは挙げます。国家の指導者はその権力を少しでも減ずることに強く反対する。また、金銭的な利益を得るために権力者を支持する者たちがいる。典型的な例として、戦争時の武器商人が指摘されます。〈彼らは、戦争を自分たちに都合のよいチャンスとしか見ません。〉」
「〈人間の心にとてつもなく強い破壊衝動がある〉とフロイトは記します。〈人間から攻撃的な性質を取り除くなど、できそうにもない!〉
フランス革命は自由・平等を謳い、民衆の勝利と讃えられますが、「ナントの溺死刑」のような、革命側の凄まじい殺戮も起きている。
どのような状況が理想なのか。〈人間が自分の欲動をあますところなく理性のコントロール下に置く状況です。〉そう記しながら、〈夢想(ユートピア)的な希望にすぎない〉とも続けます。
〈ですが、ここで私のほうから一つ問題を提起させてください。
私たち(平和主義者)はなぜ戦争に強い憤りを覚えるのか?〉
なぜなら、と、戦争を忌避する幾つもの明確な理由をあげます————それは現在でも多くの人が思っていることです————。〈破壊兵器がこれほどの発達を見た以上、これからの戦争では、当事者のどちらかが完全に地球上から姿を消すことになるのです。それを想像すれば、誰しもが戦争に反対の声を挙げてしかるべきだ。〉
けれど、〈自分以外の国を平然と踏みにじって地上から消し去ろうとする帝国や民族がある以上、やはり戦争の準備は怠れないのではないか。〉
ひとはなぜ戦争をするのか。それを充分に考察したうえで、ではどうしたら戦争という軛から解き放たれうるか、についてフロイトは言及します。
「文化の発展」にフロイトは期待をかけます。「文化」という言葉は日本では伝統や風習をも吹くんだ意味でしばしば用いられますが、この場合は「知性・教養」と同義と思います。
文化の発展は知性を強め、強くなった知性は欲動をコントロールする。
〈文化の発展が生み出した心のあり方と、招来の戦争がもたらすとてつもない惨禍への不安————この二つのものが近い将来、戦争をなくす方向に人間を動かしていくと期待できるのではないでしょうか。〉」
(皆川博子『天涯図書館』〜「078『ひとはなぜ戦争をするのか』A・アインシュタイン、S・フロイト」より)
「「群像」誌上で連載が始まったのは二〇二〇年ですが、時を同じくして異常な時代を生きることになりました。新型コロナのパンデミックです。」
「「群像」誌での連載は、さらに思いもよらない戦争の時代と重なることになりました。〈この原稿を書き始めた今日は、二〇二二年二月二十四日です。〉と第二十六回の冒頭に記しました。なぜ、年月日を強調したのか。この日、突然、ロシア軍がウクライナに侵攻を開始したからです。キーウでは空襲警報が鳴り響いたとニュースで知った途端、血圧が上がり自律神経失調症状を呈しました。七十数年昔の空襲の恐怖がよみがえったのでした。」
「『ひとはなぜ戦争をするのか』一九三二年、アインシュタインとフロイトはこの問題について深く考察する書簡を交わし合います。ウクライナ東部の苛烈な状況が奉じられる最中の四月十八日、往復書簡の邦訳を講談社学術文庫で読みました。〈国際的な平和を実現しようとすれば、各国が主権の一部を完全に放棄し、自らの活動に一定の枠をはめなければならない。〉とアインシュタインは記しますが、実現不可能な理想です。戦争が起きれば一般の国民は苦しむだけなのに、なぜ権力者の欲望に手を貸すのか、とアインシュタインは自問し〈人間には本能的な欲求が潜んでいる。憎悪に駆られ、相手を絶滅させようとする欲求が〉と自答します。フロイトも人間の心には強い破壊衝動があると記します。しかしフロイトは、知性を高め教養を深めることによって戦争をなくす方向に人間が向かうことを期待する、と続けます。期待どおりになる前に、ヒトラーのドイツがポーランドに侵攻し、第二次世界大戦となり、悲惨きわまりなり結果をもたらす原子爆弾投下によって終結します。
二〇一八年にノーベル文学賞を受賞したオルガ・トカルチュクの記念講演を、『優しい語り手』で読むことができます。〈世界をいかに語るかということには、とても大きな意味があります。起こったことも、語られなければ、在ることをやめて、消えていく。〉
語るだけでは消えていく。記され、読み続けられることによって、「在ったこと」は「在り続ける」のだと思います。当図書館には、東欧、ウクライナ、ロシア、その関係性に理解が及ぶ書も多く並んでいます。読み継がれて欲しい本たちです。『天涯図書館』は、時代の激震と共振する選書になりました。」
○皆川博子(みながわ・ひろこ)
1930年旧朝鮮京城市生まれ。東京女子大学英文科中退。73年に「アルカディアの夏」で小説現代新人賞を受賞し、その後は、ミステリ、幻想小説、歴史小説、時代小説を主に創作を続ける。『壁 旅芝居殺人事件』で第38回日本推理作家協会賞を、『恋紅』で第95回直木賞を、『薔薇忌』で第3回柴田錬三郎賞を、『死の泉』で第32回吉川英治文学賞を、『開かせていただき光栄です―DILATED TO MEET YOU―』で第12回本格ミステリ大賞を受賞。2013年にはその功績を認められ、第16回日本ミステリー文学大賞に輝き、2015年には文化功労者に選出されるなど、第一線で活躍し続けている。