『スペクテイター』 特集:パソコンとヒッピー
☆mediopos-2405 2021.6.17
当時の大学の情報処理の授業は
まだ「パンチカード」を使ったものだった
それが大学を卒業する頃にようやく
(日本語処理もまだ半角片仮名しか使えないような
簡単なゲームマシンとしか使えない代物だったが)
パーソナル・コンピューター(パソコン)が発売され始めた
その頃同級生の友人が
ゲーム会社にプログラマーとして就職したこともあり
ゲーム以外にはなにができるかもよくわからないままに
思い切ってはじめてパソコンを購入することにした
その頃の国内のパソコンは
NECとシャープそして富士通が主要メーカーで
購入したのはカセットテープでOSやプログラムをロードする
シャープ製のもの(MZ700)だった
期待感だけは大きかったが
結局のところできるのはゲームくらいだった
その後幾つかの機種を経て
やがて日本語を使って文書なども作成できる
PC9801というパソコンを購入した
インプットメソッド(入力ソフト)は
日本語をはじめてまともに扱える一太郎だった
メモリ装置はようやくフロッピーディスク
5インチのものと3.5インチのものがあった
最初はまだハードディスクさえなかった
そこからインターネットの前身ともいえる
パソコン通信をNIFTY-SERVEで始めることになる
その頃シュタイナーをいろいろ集中的に読んでいたことから
そこで「シュタイナー研究室」という会議室を開き
その後テーマをひろげた「神秘学遊戯団」と改称する
その時代から30年が経った
いまHPやFACEBOOKで使っている名称もその頃からのもの
さて今回の『スペクテイター』のテーマは
「パソコンとヒッピー」である
「パソコンはヒッピーがつくった?」 ということで
パソコンが生まれるまでの道のりが特集されている
それに加えて「自然派ヒッピー? 電子派ジッピー?
真のカウンター・カルチャーを体現するのはどっちだ?! 」
という能勢伊勢雄さんのロングインタビューも掲載されている
(アヴァンギャルドの能勢さんのお話はいつもながらにユニークだ)
個人的にいえば「ヒッピー」世代のかなり後の世代
どちらかといえばシラケという言葉が生まれた世代なので
六〇年代のヒッピー・ムーブメントの精神から
大型コンピューターに対抗する「個人の解放ツール」として
パソコンが考案されたという時代に関わってはいないが
今回の特集は
「POWER TO THE PEOPLE(人民に力を)」としてのパソコンが
強力な管理ツールとなってしまっている現状について
あらためて考えてみるきっかけとなりそうだ
比較的若い世代にとって
パソコンやスマホ・インターネット・SNSは
きわめて日常的なライフライン的な位置づけともなっているだろうが
それらがまったく存在していなかった時代から現代へと到る
(ラジオやテレビ・レコード・CDなども同様に)
そのプロセスを見直してみることは
今だからこそ重要なことではないと思われる
そうすることなしでは
これからそれらをどうしていかなければならないのか
未来の可能性を見ていくことはむずかしくなる
昨日の「統一時空」との話ともどこか関係してくるだろうが
そうしたさまざまな「ツール(道具)」も
最初から無前提に超越的に与えられた絶対的なものではない
それらも時代のなかでひとによってつくりだされたものだ
その意味でそれらを
統一的に与えられた無前提のツールとしてではなく
「わたしの時空」のなかのひとつのツールとして
使われるのではなく使うツールとして
とらえなおしてみることが必要だと思われる
そうでなければパソコンもインターネットも
ますます「個人の解放ツール」から乖離し続けてしまうことになる
「みんないっしょ」は管理ツールとしては格好の道具になるからだ
それらのツールが無前提に与えられていることに
疑いさえもたなくなるとすればわたしたちの未来は
それらのツールに管理されるだけのものと化してしまう
■『スペクテイター』2021 Vol.48
特集:パソコンとヒッピー
(幻冬舎 2021.6)
「一九六〇年代から七〇年前後、大きく時代がうねった。
既成の価値観を覆そうと試みた若者たち。
愚かという言葉では括りきることのできない、
異様なエネルギーに突き動かされていた時代だった。
権威に向けられた衝動、祭りのような熱狂や叫び・・・・・・。
そんな熱い時代の中から
生まれてきたパソコンの文化は、
六〇年代ヒッピー・ムーブメントの
精神にルーツを求めることができるのではないか?
いまでは忘れられているが、
パソコンは中央権力の象徴ととらえられていた
大型コンピューターに対抗する
「個人の解放ツール」として、
ヒッピーにより考案されたものだった。
ヴェトナム戦争のさなかに「人間とは何か」を
根源から考え直そうとした米国の若者たちにとって、
LSDもコンピュータも、
ともに個人の内面をさぐるための道具として、
新しい価値観でとらえられたのである。
(現在シリコンバレーで活躍する著名人OBたちは、
六〇年代七〇年代の反体制派知識人が少なくない)
パソコンは現代生活を送るうえで
限りなく便利なツールとなって
現在もサイバースペースの中で進化しつつある。
しかし、その一方で、電子データ氾濫のなか、
ネット中毒の弊害、監視社会化の進行、
SNSに道徳性を強いる大衆側からの言論統制など、
デジタルをめぐる社会の問題が絶えない。
パソコンは「POWER TO THE PEOPLE(人民に力を)」
を標榜するヒッピーが生み出した。
しかし、それにもかかわらず
考案者の手を離れ、国家や大企業によって
全体管理に利用されるツールとなってしまった。
デイヴ・エガーズの予言した近未来小説
『ザ・サークル』化しつつあると書けば、
この特集の企画意図がすこしは伝わるだろうか?
はたしてデジタル技術は本当に
未来を切りひらく「夢の技術」なのか?
歴史を通してパソコンについてきちんと考えてみたい
と思ったことがこの特集を組むきっかけだ。」
「◆パソコンの発生とヒッピーの発想(1968-1984)
作画:関根美有 + 原作:赤田祐一
0章 「全地球」という世界観をもとめて
1章 コンピュータとヒッピーを結びつけた『ホール・アース・カタログ』
2章 ターニング・ポイントだったヴェトナム戦争
3章 LSDとコンピュータは同じツールだ
4章 サンフランシスコ・バークレーは学生運動とヒッピー文化発祥の地
5章 コンピュータはソ連とアメリカの冷戦で成長した
6章 「ハッカーは遅れてきたビート族、初期ヒッピーカルチャーと同じ人種だ」
とスチュワート・ブランドは笑った
7章 「人民のためのコンピュータ」と言う思想が生み出された
8章 パソコンは人と人がつながるための有用な道具だ
9章 アルテアの衝撃。ミニ・コンがビートルズを唄った日
10章 ハイ・テク時代のトリックスターがハッカーだった
11章 もっと共生的に。人間とパソコンの関係
12章 われわれはスローなギークになれるか?(編集部による考察) 」