5月30日 買い物について
結論からいうと、買ったものを持って帰るということはなくなった。
というのも、物流が制限されていることが大きい。
旧時代にはあまり存在しなかった方法だが、実物と同じサンプルだけを確認して、実物は自宅へと配送されるというシステムが殆どとなった。
例外は、生鮮食品や冷凍食品などの冷蔵・冷凍設備を必要とするものは、宅配ボックスや宅配ロッカーなどに届けることができないために、オンラインで注文した場合でも店頭やそれらの設備を備えた場所(特にコンビニが多い)での受け取りが原則となっている。一部の施設や住宅では、そういったものも配達してもらえるらしいが、庶民には関係ない。
また、店舗でも基本的に見るのは素材の質感などで、昔と変わらないと言われているのはオーダーメイドのカーテンの購入だ。サンプルの生地を見て触って、縫い方やサイズを指定し、注文をして自宅へと届けてもらう。
これと同じシステムを最初に導入した、というと変な話だが、のがアパレルショップだ。これにより廃棄処分する商品は限りなく減少し、商品開発のためのサンプルはMetaverse上で作られるため、開発から販売までの過程では廃棄されるデータしか存在しない。
今まで無視されていた左右での足のサイズの違いにも対応することができ、足の大きな女性や足の小さな男性のニーズにも対応することが可能となった。
身長や足のサイズなど、商品を買う上で必要となるデータは生体HDDに保存している人が多く、旧時代の様に覚えている人は僅かだろう。
これと同じ様に買い物データも全て記録されており、詰替を買う場合やいつ買ったかを調べることが簡単になった。このシステムが始まる時に、母方の祖父は、個人情報が抜き取られるとして、かなり難色を示していたらしい。それを理由に、今でも個人番号カードを発行していない。
他にも環境への負担軽減を実施するための法が整備・実施されたことで、青果市場は大きく変化した。
この法が施行される前は、沖縄県産のモノが東京の大田市場で競りにかけられ、沖縄に戻っていくということも少なくなかったらしい。その結果、移動に必要な燃料もそうだが、輸送に耐えられるモノでなければならないという基準で農産物の価値は決まっていたと言っても過言ではないらしい。
それが、新法によって不必要な長距離輸送が禁止され、特に農産物は厳しく制限された。「江戸時代に逆戻りだ」という人もある。確かに、今ほどコールドチェーンは発達していなかったから、近場で採れたモノを口にしていただろう。
ただ、冷蔵庫ができてから「新鮮なものが食べられなくなった」とも言われている。前述の沖縄県産のモノで言えば鮮度はどうしても落ちてしまう。であれば、江戸時代の人は現代人よりも新鮮なモノを口にしていたということは想像に難くない。
長距離輸送が為されなくなったと言っても、競売が行われなくなったわけではなく、選果場や市場に青果物の質量・糖度・硬度や品種、空洞率などのデータを計測する装置が導入され、一つ一つが競売に掛けられている。最初期は箱単位で同様のことが行なわれていたらしいが、次第にオンラインでも閲覧・参加することが出来るようになり(ただ近場の市場にしか参加はできない)、今のかたちへと変貌した。噂によると、海外の富豪が参加しているマーケットもあるらしい。
はじめは人が入札していたらしいが、今ではAIに好みや額を指定することで入札させている。その影響なのか、様々な品種が栽培される様になったらしい。
多くの人が参加するからと言って素人が参加できるような代物ではない。
母によれば、スーパーのトマトやキュウリに青果情報が記されていたが、意味が分からなかったらしい。その内に、昔風の八百屋が復興し、訪れるお客さんに合った品物を販売し、今のところAIが取って代わることはないようだ。
この話を聞いたときに、青果情報を見るためメガネ型の端末を着けなければいけなくて嫌だった、と話していた。一つ一つに値段が付くということは、一つ一つ値段が異なるということで、その端末を使いながらしなければいけないということで、大変だったらしい。
今では対面でやり取りをしなければいけないということで、それも嫌と話していた。本当に難儀な人だ。