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サールナートホール/静岡シネ・ギャラリーの映画レビューは至極の文章であるという話
「サールナートホール/静岡シネ・ギャラリー」というXアカウントをご存じでしょうか。
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静岡県にあるミニシアターの公式アカウントで、同館で上映されている(上映予定のある)映画についての紹介ポストを高頻度で投稿されています。そのどれもがとにかく興味を惹かれる素敵な内容なのです。
自分は数か月ほど前に存在を知って、ちょくちょくチェックしていましたが、話題になり始めたのは2021年ごろからだそうです。映画.comで中の人へのインタビュー記事が掲載されていました。
ミニシアターならではのユルめの運用で"自分たちが良いと思う作品の良さ"を発信されています。いいですね。
とりあえず、まずは現物を見てほしいので今までで特に気に入っているレビューをいくつか引用しようと思いましたが、あまりにも多すぎたので2024年4月の分に絞ります。
お母さんと一緒に住めない寂しさを「怒り」の形でしか出力できず、誰にも制御できない暴力性で施設を転々とさせられている9歳の少女が、ある支援員の提案で静かな山小屋で3週間生活する映画を上映します。というと名作児童文学みたいなハートフルなやつを想像するかもしれないけれど、それ、甘いです。 pic.twitter.com/VTJFnSg1ir
— サールナートホール/静岡シネ・ギャラリー (@Sarnathhall) April 24, 2024
ドイツ在住トルコ人一家を切り盛りするオカンが、旅先でタリバン容疑をかけられた愛する息子を悪名高き米軍グアンタナモ収容所に収監されてしまって、警察も行政も助けてくれんから電話帳で人権弁護士を探して2人でアメリカ行って第43代米国大統領ジョージ・W・ブッシュを訴訟する映画を上映します。 pic.twitter.com/PdQUraL4TK
— サールナートホール/静岡シネ・ギャラリー (@Sarnathhall) April 16, 2024
夏休みに居残り補習でプール掃除することになったけど掃いても掃いても隣の野球部のグランドから砂が飛んでくるから、先生いないしサボりはじめて、ふざけて遊んで、笑って、なんか黙って、まじめに語って、そうして外の世界からは見えない水を抜いたプールの底で、青春になっていく映画を上映します。 pic.twitter.com/MJugpmdend
— サールナートホール/静岡シネ・ギャラリー (@Sarnathhall) April 14, 2024
白い服に身を包んだ寄宿学校の女生徒たちが荒々しい岩山へピクニックに出かけて、憩い、まどろみ、談笑して、そして4人が消滅した事件を描いた映画を上映します。その日をきっかけに残された者たちの世界もまたゆっくりと壊れていって、初公開から40年、これは今も解けない映画史上もっとも美しい謎。 pic.twitter.com/gepsHl1uGB
— サールナートホール/静岡シネ・ギャラリー (@Sarnathhall) April 12, 2024
19世紀の末にデンマーク人牧師とデンマーク人嫌いの現地ガイドが教会建設のためアイスランドの辺境へと向かうのだけど、極寒の地を往くその旅が想像を絶して過酷に、にもかかわらず神々しいほど美しくなっていく映画を上映します。あまりにも広大な自然の中のあまりにも矮小な人間存在。息を飲みます。 pic.twitter.com/ook1qFFx3L
— サールナートホール/静岡シネ・ギャラリー (@Sarnathhall) April 5, 2024
木々があり水源がありその自然のサイクルの中に人の暮らしがある高原の町に、ずさんなグランピング場建設計画が持ち上がり、東京から来た担当者の住民説明会が、義務的に始まる映画を上映します。これは『ドライブ・マイ・カー』の濱口竜介監督の最新作で、ちょっと…信じられないくらいの傑作です。 pic.twitter.com/lr9sh7HEhX
— サールナートホール/静岡シネ・ギャラリー (@Sarnathhall) April 3, 2024
この歳ですでに人間嫌いを炸裂させてる北欧の子が両親不在の1週間を唯一大好きなおじさんと一緒に過ごせると知ってご機嫌でいたら、スティーブとかいうおじさんの恋人も一緒に3人で過ごすと判明、同担拒否をこじらせておうちの中で一生懸命スティーブ追い出し作戦を仕掛けまくる映画を上映します。 pic.twitter.com/37N0AOZlJR
— サールナートホール/静岡シネ・ギャラリー (@Sarnathhall) April 2, 2024
いやぁ、いいですね…
何と言いますか、「読んで気持ち良くなる文章」ってあると思うんですけど、これはそれです。しかも「140文字」という文字制限の中でやっているからすごい。
これだけ短い文章で「この映画を観たい」と思わせられる。タイトルや登場人物名といった固有名詞を極力省き、小難しい語句を避けた文章に、簡潔に興味を掻き立てられる。
これはもはや単なる映画紹介でなく、このレビュー自体が一つの作品になっていると言っても過言でないくらい芸術的で完成されています。映画の興行的に言っていいのか分かりませんが、実際にその映画を観なくても満足してしまくくらいには。
言葉を発しない女性が1台のピアノと共に南半球に嫁ぐと、初対面の夫は彼女の「声」であるピアノを海岸に放置して粗野な男に売ってしまう。男は彼女に提案する。
— サールナートホール/静岡シネ・ギャラリー (@Sarnathhall) February 28, 2024
ピアノレッスン1回につき鍵盤を1つ返そう
こうして彼女が彼女自身になるための、白い波打ち際での88鍵の物語が始まる映画を上映します。 pic.twitter.com/SPJndMRPEo
そうは言っても何か貢献したいと思い、実際に近場の映画館で上映されていた『ピアノ・レッスン』は先月観に行きました。美しい部分もあったけど、レビュー以上にエグい内容でもありました… こういうこともある。
映画はもちろん、アニメやマンガ、小説など、それぞれにレビューの形式が色々あって、それに良し悪しを付けるのもナンセンスです。
各々個人的にやる分には好き勝手にやればいいですけど、結局一番響くのはこういう簡潔且つ印象深い「読んで気持ち良くなる文章」なんだ、とサールナートホール/静岡シネ・ギャラリーのレビューを読んで改めて思いました。
設定や登場人物名を並べたり、専門用語や意味がスッと伝わりにくい小難しい語句で取り繕ったりせずに、かと言ってありきたりな言葉ではなく、その作品独自の魅力を抽出して紹介する。まさに至極の文章。
こういう文章を書けるようになりたいなぁ…