”病識がない”とはどういうこと?
おはようございます。本日も臨床BATONにお越しいただきありがとうございます。
328日目を担当する、理学療法士のシミーです。
皆さん、臨床の中で「病識がない(以下病識欠如)」と考えることはあるでしょうか?何気なく使っている言葉ですが、多分それぞれの理解は共通のものではないはずです。病識がないということを共有するためにも、自分の中で理解しておく必要があります。
病識がないということが様々な要素を含んでいるもので、フルリカバリーのためのヒントが隠されている部分だと思っています。
○病識とは?
「精神障害によってもたらされる何らかの変化の気づき」と定義されています。
専門的に病識という言葉は精神疾患の分野で用いられているのです。
定義については様々な言い回しで紹介されています。
私たちセラピストが「病識が欠如している」という使い方をするときの病識について、カール・ヤスパースというドイツの精神科医の方の記述が適していると思われます。
長くなりましたが要するに、「患者様が自分の病気の種類や重さの判断が不十分である」ために現在の状態に対して不適切な行動や発言をしてしまうことを、病識が欠如しているというように言っていると思われます。
〈要因〉
・心理的な否認
・医学的症状への誤った認知
・スティグマを伴う社会的立場への反応
・メタ認知機能
*スティグマ:個人に非常な不名誉や屈辱を引き起こすもの
*メタ認知:自分の認知活動を客観的に捉えること
精神疾患での病識についての要因となりますが、これらが関与しています。
心理面での要因やその方の社会的背景までが影響するようなことですので、脳の損傷だけで起こると考えるのは結論を急ぎ過ぎているのではないかと思います。
さらに病識という言葉ははっきりしているようで非常に抽象的です。
この中には「病態失認」も含まれています。
病態失認とは、
自分の欠損症状(病態または症状)を正しく認知できないことをいいます。
聾や盲に対するAnton型の病態失認、ウェルニッケ失語による病態失認、健忘症状に対する病態失認、左片麻痺に対する病態失認などがあります。
Babinskiが意識清明であるにもかかわらず自らの麻痺を認識できない状態を呈した3症例を紹介したことが最初の報告です。
病巣として、右頭頂葉下部、上側頭回、下前頭回を含む皮質・皮質下病変があると言われています。
なぜ右半球で引き起こされるかというと、左半球は言語機能が支配しており左半球が担っていた機能が右半球に移ったからです。右半球に移った機能が対象の細かな質を分析する能力、空間関係の情報処理、感情に関する情報処理、状況全体を把握する能力、注意の能力などです。
ここでポイントになるのが「意識清明であるにもかかわらず」ということです。この部分については後で詳細を述べますが、意識障害がある状態では病態失認と判断できないのです。
○病識がないことへの理解
私たちセラピストにとって病識が欠如していることが問題ではありません。
臨床で病識欠如について議論するときには、その患者様がリスクを理解していない行動や発言があったり、現状を理解していない発言があったときにその原因として病識欠如と言うのではないでしょうか。
確かに、病識欠如も原因の一つになると思いますが、あくまでも可能性なのです。
病気や症状への理解が不十分というだけでそういった行動や発言が出るわけではありません。
病識を問題とするときには、主観的言辞と客観的観察から行う必要があります。つまり、患者様自身の「発言」と「行動」です。
精神疾患の分野では病識の判定が病気の診断や鑑別、回復の程度を判断していく場合に有効とされています。
脳血管障害の患者様で病識欠如を問題とする場合には、主観的言辞が得られるということが必要ですので、前提条件として「通常の会話ができる状態」でなければなりません。
ということは、意識障害がある患者様や記憶障害がある患者様の場合には、そもそも病識が問題に上がらないということです。
もう少し詳しく考えてみましょう。神経心理ピラミッドで見ていくとわかりやすいです。
神経心理ピラミッドでは高次レベルの一番上に「自己の気づき」があり、その部分が病識の領域となります。高次レベルは記憶→理論的思考力→自己の気づきと積み上がっており、これらを満たす場合に病識を問題として取り上げることができるのです。
○病識がない方へのアプローチ
病識欠如を改善するためにアプローチするというよりも、病識欠如によりリスクを伴う行動を軽減させるためにアプローチしなければなりません。
極端な言い方をすれば、病識欠如は改善しなくてもいいのです。
危険な行動をしないようにすれば良いのですから、リスクを伴う行動という現象に対してアプローチしてみましょう。もしこれが病識欠如が原因だったとしても最優先すべきはリスク管理です。
なぜならば、リスクを伴う状況を放置しておくことが患者様にとって不利益になることと、病識欠如はすぐに改善するとは限らないからです。
*ここで例に出しているリスクとは転倒に関連することです
私は脳神経外科病院の急性期病棟で勤務しているため、病識欠如が問題になる患者様は少ないです。
そんな中で転倒のリスクにつながるような行動をしてしまう患者様は多く、病識欠如が原因の一つになっている方もいます。ですが短期間では解決できないことがほとんどであるため、行動に対してアプローチするようにしています。
いわゆる対症療法になりますが、やはり転倒リスクは軽減させなければ今後のリハビリテーションにも影響を及ぼしますし、患者様にとってデメリットしかないからと考えています。
病識欠如に対して直接アプローチが必要な場面だと、病態失認が挙げられます。脳の損傷により引き起こされる症状ですので、脳へのアプローチを考えていかなければなりません。
そのような中でも、まずは通常の会話ができるレベルを目指して介入してみましょう。
要因のところで心理的な側面や社会的な側面が関係していることから、患者様のことを知ることもアプローチの一つになると考えます。
私自身は、患者様がどのような人生を歩んできて、どんな価値観を持っているのか、どんな仕事をしてどういう立場にいるのか、などの情報はリハビリテーションを提供していく上でも重要となることですので必ず把握するようにしています。
病気になったことを受け入れられないために、病識欠如のような状態になる場合もあると思われます。やはりメンタル面での影響は大きく出ることですので、セラピスト側も接し方や態度、言葉遣い、仕草に至るまで自分自身をコントロールして関わらなければならないと感じました。
自分や家族が患者側に立ったとして、どんなセラピストであれば信頼できるのかを考えて自分自身を見つめ直していこうと思います。
最後は少し本題から離れたような感じになりましたが、病識欠如に対してアプローチしていくためには身体機能や高次脳機能のフィジカル的な側面だけではなくメンタル面や患者様の価値観といった幅広い部分から関わらなければならないということです。
なぜならば、病識とは神経心理ピラミッドにおいて高次レベルの最上段に位置し、非常に高次的な脳活動によりもたらされているからなのです。
○まとめ
・病識とは、自らが病気の種類や重さの判断が適切であることをいい、その判断が適切ではないことを病識欠如という
・病識とは非常に高次的な脳の活動が必要とされる
・病態失認は病識欠如の中に入る
・病識の要因として、心理的な否認、医学的症状への誤った認知、スティグマを伴う社会的立場への反応、メタ認知機能がある
・臨床において、病識欠如を問題とするよりも病識欠如による行動にフォーカスする必要がある
・神経心理ピラミッドで考えると、病識の領域は最上段となる
・病識欠如に対するアプローチはフィジカルの側面だけでは不十分であり、メンタル面や社会的背景なども考慮しなければならない
○参考文献
・準理学療法 専門分野 神経理学療法学 吉尾雅春・森岡周著 医学書院
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