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作る人と食べる人の出会い #10

このエッセイは、2017年、約4か月にわたり韓国の有機農家さん3軒で農業体験取材を行い、現地から発信していたものです。これから少しずつnoteに転載していきます(一部加筆、修正あり)。

2017/06/14

 この1か月、トマトさんと呼び続けてきた彼の名は、ウォン・スンヒョン(원승현)さんと言う。1983年、江原道寧越ヨンウォル郡生まれ。高校卒業と同時にソウルの大学に進学し、プロダクトデザインを学んだのち、ソウルのデザイン会社に就職。大手コーヒーチェーン店のロゴや生活用品等のパッケージを手掛けるデザイナーとして経験を積み、2015年5月に故郷へ戻ってきた。

 この2年間トマトさんは、30年以上有機農業を営む父の元で農夫として働いてきた。丹精込めて作ったトマトやビーツをより多くの人に知ってもらうため、ブランディングにも力を入れた。農園の名を「ウォン農園(원농원)」から「クレドファーム(그래도팜)」に変え、新しくパンフレットを作り、ブログやフェイスブックなどで農園の情報を発信。月2回開かれるソウル市内のマルシェにも毎回参加している。

 彼の仕事はそれだけにとどまらない。農作業を終えた後は夜中まで、イベントの企画や取材依頼への対応、農協主催の大会に出る準備など、やることが山積みだ。また「将来、農家レストランを開きたい」という夢を持ち、今年の春から3年間、毎週金・土に泊まりこみで利川イチョンへ行き、大学で料理を学んでいる。

 そんな忙しい日々の中、トマトさんは数か月前から、ある大きなイベントを準備してきた。その名も“草上の昼食(풀밭위의 식사)”。「どんな人がどんな哲学を持って育てた食べ物なのか、多くの人に知ってもらえる機会を作りたい」と、自ら江原道での食ツアーを企画。6月4日(日)、平昌ピョンチャン郡のジャガイモの花スタジオ(감자꽃스튜디오)には、ソウル等から50人が集まり、木漏れ日の中でトマト料理のフルコースを楽しんだ。

集合写真

▲後列左端の男性がトマトさん。前列左から3番目が私。今年1月の「スロージャパンツアー in 奈良」で3泊4日を共にしたメンバー26人のうち14人が再会し、記念撮影

 私は朝9時に現地入りし、江原道の若手農家さんたち数名と食事の準備をお手伝い。その間、ソウルから団体バスで来たお客さんたちは、寧越にあるトマトさんの農園を見学していた。

 アボジお父さんから有機農業についての話を聞き、トマトの試食を楽しんだ後は平昌へ移動。若手兄妹が営むベーカリー「ブレッドメミル(브레드 메밀)」を見学したのち、ジャガイモの花スタジオに集まった。

食事会の準備

▲トマトさんのパートナー・ジミンさん、江原道の若手農家さんたちと料理の準備中

 余談だが、平昌は来年2月に冬季オリンピックが開かれる場所で、街を歩けば「메밀(ソバ)」の2文字が何度も目に飛び込んでくる。ソバ粉を使った料理をふるまう店が多いのだ。江原道は昔から、トウモロコシやジャガイモの産地として知られているが、この平昌ではジャガイモの収穫が終わったら、同じ畑にソバを植える農家が多いという。9月頃になると、一面に咲く白いソバの花を見るために、多くの観光客が訪れるそうだ。

 韓国の方、何人かに話を聞いたところ、「平昌といえばソバの花でしょう」と言われるようになったのは、1936年に出版されたイ・ヒョソク(李孝石/이효석)の短編小説『ソバの花咲く頃(메밀 꽃 필 무렵)』の影響が大きいという。過去に愛した女性との忘れがたい記憶を呼び起こすソバの花…。あらすじを聞くだけで、胸がきゅっとなった。作品は、1967年に映画化されている。

食事会の様子

▲暑くもなく寒くもない、すがすがしい青空の下で開かれた食事会。ドレスコードは「白」

 お客さんにふるまった7種類のトマト料理には、トマトさん夫婦の発案で、すべて映画のタイトルがついていた。トマト酵母を起こして作ったバケットには「しあわせのパン(해피 해피 브레드)」。小さな森を表現したサラダには「リトル・フォレスト(리틀 포레스트)」という風に。ちなみに、このイベント名“草上の昼食”というのは、画家、エドゥアール・マネの作品名だそうだ。

バケット

▲しあわせのパン(해피 해피 브레드)。ブレッドメミルのバケットに、セミドライトマトとバジルペーストを乗せて

おにぎり

▲ダルタニャンと三銃士(달타냥과 삼총사)。天然の高麗人参「山参サンサム(산삼)」と3種のおにぎり(トマトを入れて炊いたご飯、中にトマトの漬物が入ったご飯、チュイナムルを混ぜ込んだご飯)

 料理は他に、トマトキムチチゲ、豚肉とドライトマトの炒め物、ビーツの酢漬け、ジャガイモ&ソバ粉で作った麺をトマトスープと合わせた一品などが登場。

 私は食事がスタートした直後から皿洗いを担当していたので、会場の反応を見ることができなかったのだが、食後に「あの料理どうやって作ったんですか?おいしかった」と厨房まで訪ねてくるお客さんが何人もいた。今回メニューの多くを発案し、調理を担当していたジミンさんが嬉々として答えるのを背中で聞きながら、私は黙々と50人分の皿を洗い続けた。それはとても、清々しいひと時だった。

あいさつの様子

▲食事の後、みなさんの前で挨拶中

 この日の食事に提供されたジャガイモ、エゴマ油、トマト、ビーツ、チュイナムル、山参などはすべて、江原道の若手農家さんたちが作っているものだった。彼らは昨年から「밭티(畑パーティー)」というチームを作って何度も集まり、情報交換をしたり、こうして共にイベントを企画・運営したりしている。

 トマトさんを含む8人の若者は、その多くが20~30代前半までソウルでの生活を経験し、農業を営む家族の元へ戻って就農していた。ソウルから地方へ移住してペンション等を営んでいる親がいたから、新規就農できたいう人たちもいた。

 食事の後は、彼らが一人ずつ前に出て、自己紹介や今の思いを自分の言葉で表現する時間が設けられた。私も「感想を」と言われ話してみたけれど、まったく上手にまとめきれなかった。モタモタと話す私をあたたかい眼差しで見守ってくださったお客さんの姿が、今も忘れられずにいる。

ワークショップ

▲食経験ワークショップの様子。皿の上には、農家さんから提供された食材が並んでいた

 この日最後に行われたのは、『その日の味を皿の上に記録する(그 날의 맛,접시 위에 기록하다)』という、食経験デザインワークショップだった。今年1月の「スロージャパンツアー in 奈良」に参加していた仲間の1人、Small Batch Studio代表、食経験デザイナーのカン・ウンギョン(강은경)さんが進行を務めた。

 皿の上に置かれた食材の名前をひとまず忘れ、食材1つひとつを五感で感じ、言葉で表現するとどうなるか?普段「トマト」と呼んでいたものは、一体どんなものなのだろうか?形は、色は、歴史は、味は?ある5歳の男の子は、トマトのことを「蜂蜜餅だ」と表現していた。

 単にトマト料理のフルコースを楽しむだけでは、「今日の食事おいしかったね」という感想で終わっていたかもしれない。でも、このワークショップを通じ、食材について深く感じ入る体験を共有したことは、参加者にとっても作り手にとっても大きな意味があったと思う。

終了後

▲ワークショップ終了後、ほっと一息ついた瞬間

 ソウルへ帰るバスの中では、こんな言葉が交わされていたそうだ。「この縁を絶やさず、これからもずっと、今日出会った農家さんたちを応援していこう」と。秋には他のエリアで食ツアーを企画する予定だとも耳にした。1つの皿を通して、若手農家と都市消費者がつながる機会に立ち会えたことは、私にとっても忘れがたい大きな経験になった。

 トマトさんの家で過ごした1か月は、今もまだ言葉にできないほど、人生において大切なことをたくさん教えていただいた日々だった。何か大切なバトンを「持っていっていいよ」と受け渡された、そんな気もしている。1か月半後、日本に帰国してから、託されたバトンのことについて少しずつ書いて伝えていきたい。

 先ほどやっと、2つ目の農家さんの家にたどり着いた。星がとてもきれいな山奥で、明日からまた新しい日々が始まる。

▲トマトさんのブログには、食事会の素敵な写真が掲載されている

▲エッセイ『韓国で農業体験 〜有機農家さんと暮らして〜』 順次公開中


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