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それぞれの未来へ① #21

このエッセイは、2017年、約4か月にわたり韓国の有機農家さん3軒で農業体験取材を行い、現地から発信していたものです。2018年以降に書いた関連エッセイも含めて、少しずつnoteに転載しています(一部加筆、修正あり)。

2019/06/06

 2015年10月に「食・農・芸術・韓国を通して人を描く半農半ライター」という肩書きで活動し始めてから、3年以上の月日が流れた。あの頃は、数年後にその舞台を韓国へ移すことになるとは想像もしていなかった。生きていると時々こんな風に、思いもよらなかった展開が訪れることがある。

 「選んだ道が正しければ、物事はきっと自然に進んでいくだろう」と気楽に構えていたのが良かったのだろうか。気づけば必要な情報やありがたい出会いが、「こっちにおいで」と手招きをするようにやって来てくれた。これは本当に不思議なことだった。

 今一度振り返ってみると、最初の扉が開いたのは2015年10月。編集記者として働いていた会社を退職後、フリーランスとして最初の仕事でソウルを訪れた時、一度連絡をとってみたいと思っていた元WWOOF Korea事務局の福山耕太さんに出会えたことが全ての始まりだった。

 その後、私は兵庫県内で初めての畑作りに挑戦し、「市場を作る」という事業に携わる機会を得た。地元の農家さんを取材し、彼らの野菜を仕入れ、毎週末みずから朝市で販売した。その仕事がひと段落した2017年1月。それまで時々連絡を取り合い、情報交換をしていた福山さんが、自身が企画した韓国人対象の旅「スローフードツアー in 奈良」に誘ってくれたのだ。

 韓国から訪れた20数名の面々は、スローフード協会の方々や大学教授、ソウル市の職員、有機農家さん、在来種博物館を運営する方、オーガニックレストランを営む方など、食や農について研究したり、深い関心を持ったりしている人たちだった。不思議なことに、参加者の中にはイラストレーターや、「学生時代にデザインを専攻していた」という方も何人かいて、私は思いがけず《韓国》の人たちと、《食》や《農業》だけでなく《芸術》についても語り合う機会を得たのだった。

 そうして3泊4日みなさんと過ごすうちに、気づけば私は「今年は韓国で農業体験取材をしたいです」と口走っていた。この時は単純に、せっかく韓国の農家さんとご縁ができたのだから近いうちに一度農園を訪ねてみたい、という気持ちだった。ただ訪ねるだけではなく、1週間でも手伝わせてもらえないだろうか、と。これから半農生活を実践していこうと考えていた私は、農家さんの暮らしをまず肌で感じてみたかったのだ。どんなものを作り、どんな食事をし、どんな生活をしているのかを。

 ではいつ行くか?韓国のどこへ行こうか?取材から帰ってきた後はどうするか?スローフードツアーから戻り、ぼんやりと考え始めていた頃、ツアー参加者の1人だった江原道の有機トマト農家、원승현さん(通称トマトさん)が「minaさん、韓国にはいつ来ますか?」と連絡をくれた。

 彼は元プロダクトデザイナーで、結婚を機にソウルから地元へ戻ってきた。30年以上有機農業を営む両親と共にミニトマトを育てながら、ブランディングやマーケティングに力を入れ、手腕を発揮する同世代の男性だった。「僕の家は5月と6月が忙しいんですが、もし良ければうちを手伝ってもらえませんか?」。まさかのありがたいお話を断る理由は何もなかった。「これは絶対に行かなくちゃ」と心を決めたら、また何かに導かれるように、他の取材先もトントンと決まっていった。

 2017年4月27日、「北朝鮮からミサイルが飛んでくるのでは」と日本列島が大騒ぎしていたその日に、私は大阪からソウル行きの飛行機に乗った。仁川国際空港に到着し、迎えに来てくれた友人の横に初対面の韓国人男性がいた。日本から担いで来た30kgの荷物を快く運んでくれたその人が、秋の終わりには私の夫となり、1年後には息子が誕生した。

 そして私は今、韓国で暮らし、この国での半農生活を模索している。

2018年10月、家の近くにある週末農園を散歩中に撮影。こうべを垂れた稲穂が光り輝いていた。この翌日息子が誕生した

 こうして私が国際結婚、妊娠・出産という人生の大きな転機を迎えていた1年の間に、農業体験取材でお世話になった各農家さんにも、さまざまな変化が訪れていた。今日はその後の話について少しつづりたい。

 最初にお世話になった江原道・寧越ヨンウォル郡の有機トマト農家「그래도팜(クレドファーム)」は、トマトさんの父であり農園の会長でもある원건희(ウォン・ゴンヒ)さんが、2017年秋に강원도 도민대상(江原道道民大賞)、そして2018年秋には韓国農業界のノーベル賞とも言われる대산농촌문화상(テサン農村文化賞)の農業経営部門賞を受賞された。

 また、息子のトマトさんは、2019年1月に『토마토 밭에서 꿈을 짓다』という本を出版した。書名は「トマト畑で夢を育てる」と訳せば良いだろうか。この本は台湾と香港でも出版されることが決まったそうだ。

 大学でプロダクトデザインを学びデザイナーとして働いたのち、30代を目前にして帰農したトマトさん。彼は自ら「Brand farmer」と名乗り、農業の価値を畑から見出し、より高めていくためにできることを考え、次々と実践している。

 昼は両親と共に農作業をしながら、夜は国内外の食や農業に関する書物にたくさん目を通す。週末になると、泊まりがけで料理と経営を学ぶ学校に通ったり、同世代の農家さんやレストランのシェフたちと一緒に食のイベントを企画・運営したりもしていた。

 また農閑期には、日本やオーストラリアなど海外の農や食文化に触れる旅をしてはブログに詳細をつづっていた。そんなトマトさんに、私は「いつか本を書いたらどうですか?」と言っていたのだが、2年も経たない内にそれが現実のものとなった。

 本はまだ半分しか読めていないが、両親が30年以上培ってきた有機農業の価値をどのように人々に伝えていけば良いか?そして、少しでも安く、形も味も均一な農産物を買い求めようとする消費者の意識をどうすれば変えていけるのか?日々悩みながらも経験を積み重ね、自分なりの答えを掴み取っている、若き農夫の熱い思いが伝わってくる一冊だ。

トマトさんの著書。子育ての合間に少しずつ読み進めている

《追記》
トマトさんはこの本を出版したことがきっかけで、2023年6月、ソウル国際図書展に招かれ、出展・講演を行っている。その時の記事は下記参照


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