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有機農家の歴史に触れる #3

このエッセイは、2017年、約4か月にわたり韓国の有機農家さん3軒で農業体験取材を行い、現地から発信していたものです。これから少しずつnoteに転載していきます(一部加筆、修正あり)。

2017/05/11

 「半農半ライター」という生き方に近づきたいと思い、一昨年の秋から少しずつ生活を変えてきた。今年は不思議な縁に導かれ、韓国までやってきたわけだが、2つのことを同時にこなすには体力がいるということを今深く実感している。

 日中、トマトを収穫したり箱詰めしたりして体を動かすと、夜は疲れてとても眠い。さらに、これまでの運動不足がたたり、階段の昇り降りに苦労するほど、太ももの筋肉痛がひどくなってしまった。

 だけど、心はとてもすがすがしい。「食・農・芸術・韓国を通して人を描く」という、やりたかったことに挑戦できているこの時間が、ありがたく、愛おしい。

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 今日は午前中にトマトを収穫し、13時頃に昼食。再びハウスに戻ると、取材を受けるトマトさんの姿があった。訪問していたのはフリーランスのライターとカメラマンの2人。

 日本で編集記者の仕事をしていた時は、合同取材でもない限り、取材先で同業者に会うことはなかったので、こういう場面に立ちあえるのはとても嬉しい。ライターの女性も、トマトさんから私が同業であることを聞き、興味を持って話しかけてくれた。

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 聞けば「バッカス」という栄養ドリンクを製造・販売している東亜製薬が、顧客向けに発行している冊子「東亜薬報」の取材だという。「なぜこの農園を取材先に選んだんですか?」と尋ねると、健康食に関する連載の取材先を探していた時に、トマトさんが発信するブログやフェイスブックなどの情報を見つけた、という答えが返ってきた。

 ライターの女性はにっこり笑いながら、「トマトさんはこの先、もっと有名になる人だと思います」と言い残し、原州ウォンジュへ。カメラマンの男性はソウルへと帰って行った。発行は1か月後。どんな記事が載るのか楽しみだ。

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 トマトさんの家は、トマトさんが生まれた1983年から有機農業に取り組む専業農家だ。今は5300㎡の農地で主にミニトマトを育てている他、ビーツや白山菊(참취)、自家用野菜も栽培している。

 元々は農業高校で学んだアボジお父さんオモニお母さんと2人でニホンジカを飼い、農薬や化学肥料を使いながら唐辛子やトウモロコシ、ジャガイモ、白菜を育てることからスタートした農園だそうだ。韓国では鹿の血や角を韓方の材料として使っていると、今日初めて知った。

 ところが、農薬を使うとオモニの体調が悪くなることに気づき、減農薬3年、無農薬3年を経て有機農法に切り替えることに。1983年当時、有機農法に取り組む農家はまだ少なく、周囲からは「無謀なことを始めた」と言われ、その後、20年以上苦労を重ねる日々が続いたそうだ。

 10年ほど前にミニトマトの専門農家になってからは、どこへ出かけるにもトマトを持っていき、「一度食べてみてください」とオモニが声をかけて回った。済州島へ旅行に行く時も持っていった。ある時は、高速道路の料金所の人にも配って回ったという。そのかいあって、トマトの評判は口コミで広がっていった。

 勉強熱心なオモニは、江原道の技術センターでパソコンやブログ制作について学び、2009年頃からネット販売をスタート。購買者は年々増えてゆき、今では顧客リストに約3000人が名を連ねているという。

 そんな風に時を重ねてきた両親の仕事を受け継ごうと決心し、新しい農園の形を模索しているトマトさん。2年ほど前、結婚を機にソウルから故郷へ戻り、農園名を「ウォン農園(원농원)」から「クレドファーム(그래도팜)」に変えた。新たな名前には「他の誰が何と言っても、自分は有機農業を守り抜く」という意味が込められている。

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 夕方、作業が落ち着いた頃、アボジが堆肥置き場を案内してくれた。梅雨時期になると、木(おそらくクヌギ)の皮のクズを外に広げて雨をたくさん浴びさせ、7~8月に堆肥を作るそうだ。普通の水をかけるのでは駄目だという。木のクズの他、抗生物質が混ざっていないと認められた鶏糞や米ぬか、野菜クズなどを混ぜ込み、よく空気を通しながら半年かけて発酵させるという。

 この堆肥作りは、近隣に住む、日本で有機農法を学んできた先生や、1年に1回日本から実技指導に来る先生(名前を教えてくれたが詳細わからず)に教わったそうだ。

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 5人兄弟の3番目というアボジ。一番上のお兄さんの家にオモニが届け物をするというので、一緒についていった。

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 お兄さんが運営している農家民泊では、韓国全土や海外から農村文化体験を希望するお客さんがやってくるそうだ。最大約70人受け入れ可能。

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 民泊の敷地内には、鳥小屋やうさぎ小屋、プールや芝生の運動場がある。

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 きのうは韓国の牛を見たけれど、今日は韓国の鶏に出会った。

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 この寧越ヨンウォル地域では、農村文化体験ができる場所がいくつかあるようで、ここはそのうちの1つ。昔の農機具や生活用品の展示室、ハーブを栽培するハウスや芝生広場などがある、「教育農場」だそうだ。

 毎朝トマトさんちの食卓にのぼる豆腐は、アボジのお兄さんのパートナーによる手製のものだと聞いた。ご挨拶すると「日本から来たの?これでも飲んでいって」と、冷たい梨ジュースを入れてもてなしてくださった。

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 再び農園に戻ると、今週14日(日)にソウル・大学路テハンノで開催されるマルシェのボランティアスタッフ4人が、トマトさんに意見を聞きたいと訪問していた。昨年、兵庫県内で毎週末、市場作りに取り組んできた私は、韓国のマルシェがどんな風に行われているかについてとても関心がある。

 日韓の食文化や農業についておもしろい話がたくさん飛び交っていたので、ぜひ書き残したいところだが、今日は眠すぎるのでまた後日!

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 夕食はボランティアスタッフのみなさんも一緒に、ジミンさん特製のビビン冷麺を味わった。私にはちょうど良い辛さだったけれど、隣で「実は辛いものが食べられないんです。でもこれはおいしい」と汗をかきながら話す男性がいた。韓国の人はみんな辛い物が好き、と思いがちだけれど、思い込みは禁物。「キムチが食べられない」という人にも出会ったことがあるし。

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 トマトさんの家に来て3日目。ベイビーも目が合うと笑ってくれるようになった。このベイビーがいる場所では、私は「イモ(이모)」と呼ばれている。この呼び名は、母親の姉妹や、食堂などで働く年配の女性に対して使うものだと思っていたのだが、年上の親しい女性を呼ぶ時にも使う言葉らしい。この愛くるしいベイビーのおかげで、毎日朝から晩まで、笑顔が絶えない農園生活を送らせてもらっている。

▲エッセイ『韓国で農業体験 〜有機農家さんと暮らして〜』 順次公開中

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