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新史料による日露戦争陸戦史:極私的読後感(25)
日露戦争は、当時の国家予算2.6億に対し、戦費18.26億を費やし(うち外貨公債調達額13億)、その債還が全て終わったのが昭和61(1986)年という、途方も無い規模で行われた戦争であり、かつ、この戦争によってアジア地域への海外勢力の日本周辺への侵略の意図を挫くことに成功した未曾有の出来事であった。
米欧回覧実記にある通り、明治政府はその設立すぐに世界一周の旅に出て実態を目の当たりにしている。
弱ノ肉ハ、強ノ食、欧州人遠航ノ業起リシヨリ、熱帯ノ弱国、ミナ其争ヒ喰フ所トナリテ、其豊饒ノ物産ヲ、本州ニ輸入ス、其始メ西班牙(スペイン)、葡萄牙(ポルトガル)、及ヒ荷蘭(オランダ)の三国、先ツ其利ヲ専ラニセシニ、土人ヲ遇スル暴慢惨酷ニシテ(以下略)
久米邦武「特命全権大使 米欧回覧実記(五)」p.307より
帰国前に寄港した香港、上海で見たのは、英国などによる中国(清)などへの侵略の様(文字通りの弱肉強食)であり、「次は日本だ」という(欧米列強による侵略への)危機感を政府で共有していたはずである。
後年「坂の上の雲」などで描かれた日露戦争の解釈に対して、その他にも多くの著作によって様々な解釈がなされているが、本書は、膨大な資料をつぶさに検証した上で、決定的な解釈を志向した、770ページにも及ぶ大著である。
同著者の長南政義さんの児玉源太郎についての著作を読んだ後なので、そのスタンスは理解した上ではあるが、改めて、各戦闘単位における作戦意図の解釈まで見直しをされている筆力には圧倒される。
例えば、日露戦争の陸上決戦である奉天会戦における第三軍(司令官乃木希典大将)の左翼からの攻勢が「不活発」だったとの定説(津野田第三軍参謀が松川満洲軍参謀から叱責される下りなど)につき、実際には逆に活発すぎて第二軍との戦線の間隙が出来た為に総司令部から停止命令を受け、結果として正面に敵対していたロシア第二軍を殲滅する好機を逸していたなど、乃木第三軍司令官の評価に関わる相違が数々挙げられている。
歴史は解釈に拠るところが大きいが、本書は「司馬史観」のみならず、市井の戦史研究者や歴史学者の解釈に対しても、躊躇なく新たな解釈を提示し、反証しており、恐らくは、今後日露戦争の各会戦それぞれについての作戦意図などを解題するにあたって、本書は必ず参照されるべき一冊になるものと信じる。 本書の欠点は定価13,200円という価格だが、それさえも納得させる内容であることは、間違いない。