「芸術空間の系譜」(高階秀爾)に基づいて〜ピカソはなんであんな変な絵を描いたのか【最近読んだもの】
たまたまタダで手に入ったので読んでみたら、結構面白かった。芸術とその背後のものの見方を、原始時代から現代の抽象画までたどっている。
全9章あるが、第8章「キュビズムの空間意識」をクローズアップして紹介しようと思います。なぜならそうすることで、
「ピカソはなんであんな変な絵を描いたのか」
という問いに、一応の回答を出せそうだからです。
(タイトルの「〜」以下は僕が勝手に付け足したもので、このコラムのサブタイトル的なものです。ピカソの絵が良いか悪いか、好きかどうかはともかく、「なんであんな変な絵を描いたのか」とは多くの人が思うんじゃないだろうか。
1.「ピカソの変な絵」とは
ここでいうピカソの「変な絵」とはもちろん、「アヴィニョンの娘たち」、「貯水槽」、「ゲルニカ」などのキュビズムの絵のことだ。余談ながら、ピカソはキュビズム以外の絵も多く残しており、「初聖体拝領」のように普通に「きれいな」絵も描ける。
一言で言うと、歴史の流れの中でピカソだけでなくピカソの周りも含めて俯瞰すると、その理由の一端がわかるようだ。
2.ピカソはセザンヌの影響を受けている
第8章の主題は、ピカソやブラックらキュビズムの画家と、その一つ前の世代であるセザンヌとの間の「つながり」を追いながらも、同時にその「断絶」を解き明かすことにある。
ピカソは1881年生まれ、セザンヌは1839年生まれ。つまりピカソが20代の頃、セザンヌはすでに65才の老巨匠であった。キュビズムの絵画に登場する人や物は、たしかに円錐、円筒、球体に還元されているように見える。
ピカソの「変な絵」にたどり着くには、まずセザンヌの足跡を少し追わねばならならない。
3.セザンヌの絵
セザンヌは「印象派」に分類されるが、より細かくは「ポスト印象派」、もしくは「後期印象派」に分類される。モネやピサロの後の世代だ。次の一節が端的に大事なことを言っている。
人、物、風景などの描かれる対象が持つ意味が排除されて、その造形性のみを重要視する=モティーフをクローズアップする、という考え方は、印象派で(たぶん)初めて出てきたものであり、それはポスト印象派にも、その後のキュビズムにも共有されているということだ。
よし、だんだん「変な絵」に近づいてきた。
セザンヌは、この印象派の理念を受け継ぎながらも、反発も感じていたのである。
「堅固なものを作りたい」という表現が、エミール・ベルナール宛ての手紙(前掲)に出てくるそうだ。
しかしながら、セザンヌは印象派の表現技法がしっかり身についている。彼はこれを前提として、印象派の絵が失ってしまった確固たる立体感を、取り戻そうとしていたのである。たいへんだ。そこで出てきたのが次の言葉だったわけである。
これと、「空気を感じさせるための青みがかった色彩」とで、セザンヌは三次元の奥行きを表現しようと悪戦苦闘していた。「サント・ヴィクトワール山」がその実例だ(たぶん)。
ようやくここでピカソに目を向けられる。
4.ピカソ
ピカソは、モティーフの重視という点ではセザンヌと同じである。しかし、印象派への反発がないという点で、セザンヌと決定的に違っている。絵画に奥行きを取り戻そうという発想がそもそも無い。モティーフの重視を、自由自在に追求することができた。
キュビズムの特色の一つとして、「視点の移動」、「視点の複数化」がしばしば挙げられるが、かねがね僕は納得できなかった。それだけで「アヴィニョンの娘たち」のような絵ができるはずが無いと思ったからである。高階はその辺を実に的確に説明してくれている。
ここで結論を要約することができる。
ピカソがあんな変な絵を描いた理由は、次の3つである(もしかしたらもう一つか二つくらいあるかもしれない)。
① モティーフを重視した(意味を排除した)、
② 視点の移動と複数化
③ 距離感の喪失(3次元にこだわりがなかった)
高階の本は結構古い。というか50年以上前の本だが、キュビズムの説明は今読んでも新しさがあるように感じられる。
5.未解決の論点
さてここで、1個未解決の論点がある。「視点の移動」、「視点の複数化」はどこから出てきたか?ということである。これはセザンヌには全くなかったもので、印象派からの流れでは説明できなそうである。(たぶん何か他の本には書いてありそうな気はする)
高階は次のように指摘するだけに留まっている。
キュビズムの視点をずらすという方法が、秩序立っていない近代都市のイメージから生み出されたのかもしれない、と主張しているように読み取れる。しかしここはちょっと、ここまでの高階の冴え渡るような洞察に比べると、踏み込みが浅いように思われる。視点をずらすという方法を説明するために、取ってつけたように近代都市を登場させている。
おそらくは宗教の相対的な価値の低下、価値観の多様化など、統一的な視点の成立を難しくする世相がまずあって、そこからキュビズムや近代都市のイメージが発生したということじゃないだろうか。このあたりも含めて論じられていたら良かったと思う。
ある芸術作品がその時代に受容されるのは、多くの同時代人の共感を得るからであり、それがとりも直さず、芸術が時代の意識を反映しているということだからだ。
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