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桜井さん、ガラケーとFAXだけで何か不都合なことありますか?

1
ある朝。桜井賢はいつもの様にガラケーを持ち、手帳を持ち、直前の変更などの連絡が来る場合もあるので、家を出る前にもう一度FAXを確認した。

ガラケーを使わないときは電源を切っているがFAXは常時電源を入れている。そのFAXの電源ボタンが消えている。15分前までは正常に作動していたはずだ。
コンセントを入れ直し、電源ボタンを再度押してみたが復旧しない。

FAXが気になったままだったが、遅刻するのは面倒なので桜井は予定どおりに車に乗り込んだ。
スタジオまでの道のりはもう覚えている。カーナビは表示させずテレビをつけた。

朝のワイドショー番組で新曲の「The 2nd Life -第二の選択-」が紹介されている。ありがたいと思うと自然に表情もほころんだ。

「いやぁ、ついに自宅のFAXと携帯電話が同時に壊れてしまいまして。もう修理の部品も製造中止だというので、高見沢と坂崎に携帯ショップへ強制連行されてたんですよ。66歳にしてついにスマホデビューですから。」

「これでやっと桜井にメール出来ますよ。」
坂崎は笑ってギターを弾きながら歌う。「それは、高見沢からの古いラブメール♪」
「見ねぇよ、高見沢からのメールなんて。」

サングラスの奥の目が飛び出さんばかりに驚く桜井の前に、テレビの中からもう一人の桜井が真新しいiPhone13を突きつけた。

そんな馬鹿な。
桜井はポケットからガラケーを取り出し電源をいれるが作動しない。何度も電源を入れ直すが同じだ。
焦る桜井の後ろから発車を促すクラクションが鳴った。常に安全運転を心掛ける桜井が、この時だけは妙に落ち着きを失くしていた。

2
レコーディングスタジオの休憩時間。坂崎はInstagramに載せるスタジオの写真を撮っていた。高見沢は通販で限定版のゴジラグッズを物色している。二人ともスマホだ。

桜井はいつものようにカバンからガラケーと電動自転車のバッテリーを取り出し充電ケーブルに繋いだ。
電動自転車のほうは充電が済んだが、ガラケーは全くといっていいほど充電が終わらない。やはり故障かバッテリーの寿命だろうか?

「いつになったらスマホ買うんだよ。」高見沢がからかう。
普段なら受け流す桜井だが、今日ばかりは釈然としない。
ワイドショーの俺はスマホに乗り換え、今ここにいる俺はまだガラケーを大切にしてメンバーにからかわれている。
どっちが本当の俺なのだろうか?

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最新機器が早いサイクルで入れ替わる家電店。
竜宮城から戻った浦島太郎のような心境の桜井の近くで、高見沢愛用のノートパソコンや最近坂崎が買ったLeitzPhone1の広告を手にした若い店員がしきりに呼び込みをしている。
桜井のテレビは全番組録画のため消耗が速いが、FAXと携帯電話は物持ちがいい、はずだった。少なくとも今朝までは。

通信キャリアのカウンターで状況を説明するも、まるっきりガラケーに疎そうな若い店員は、一応本部に問い合わせるが恐らくスマホに乗り換えないとダメだろうと、最新機種のカタログを差し出した。

桜井は掌を向けてやんわりと遮り、「じゃあ、わかったら連絡下さい。」と言って席を立とうとした時、隣の席に他の客が座った。

「メールが鬱陶しい男がいて、見なくて済むようにするにはどうしたらいいんですか?」
「お客様のお名前をお願いします。」
「桜井賢です。」

あまりに聞き慣れた声に立ち上がりかけた桜井はギョッとした。

「あれっ?こちらのお客様が桜井賢様で、もう一人のお客様が、あっ、えっと。」
全く同じ顔と体格と服装と名前の二人の客の前で、店員がキョロキョロと目を回している。

二人の桜井が一瞬見つめ合った。

ガラケーの桜井はスマホの桜井に声を掛けようか迷ったが、平静を装って店を出た。

家電店のビルの地下から駅に続く通路。階段に貼り付けられた「モバイルにのりかえ」の広告が目に入った。
「俺は令和の中途半端な縄文人か?大きなお世話だぜ。その時はその時!」

4
THE ALFEE 終わらない夢。
「こんばんわ。高見沢俊彦どえす。」
「坂崎幸之助でごわす。」
「皆さん、重大発表です。桜井がついにスマホを買ってくれましたー。イェーィ!!」
「でも高見沢のメール受信したくないって拒否設定してるかもよ。」

ガラケーの代替機を眺めながら聴いていた桜井は強い違和感を感じざるを得なかった。

テレビのドッキリ番組か?
非公式版パンフレットの企画か?
それにしても趣味が悪すぎやしないか?
メンバーまで一緒に俺にイタズラを仕掛けるなんて。
いや、あり得ると言えばあり得るが。

桜井は思い出したように、FAXの電源ボタンやコンセントを確認し始めた。
今朝不具合を起こした時のままだ。
ここ数日はメンバーやスタッフと顔を合わせるから、何とか連絡の取りようがあるのがせめてもの救いだった。

5
翌日の朝。
「サングラスかけた、窓閉めた、靴履いた。」
いつもの声出し確認に続けて「ガラケーの代替機も持った、FAX動かないのも確認した」と言ってから、桜井は自宅を出た。

目の前に、桜井と全く同じ顔と体格と服装のもう一人の桜井がオロオロしながら立っている。

ガラケーの桜井が言う。「またお前か?」

スマホの桜井が言う。
「またお前さ。スマホがフリーズしやがって、電源も入らねえし、何時間充電しても残量ゼロ。俺はパソコンやタブレットは使わないから他に連絡の取りようがない。電話帳も地図アプリもスマホの中だし。」

「俺んちのFAXも故障中だから、一緒に近くの公衆電話に行こう。」

今時使う人はほぼいない電話ボックスに、全く同じ姿の男2人が、牛々に入って櫻井太傳治商店のベース牛君ぎゅうぎゅう、とか言ってる場合ではない。

ともかくおかしな光景だが、ガラケー桜井の電話帳を見てスマホ桜井は棚瀬マネージャーに連絡が取れた。

その途端、電話ボックスは激しく揺れ、その上に雷が落ちて、黒煙が立ち込めた。
激しい音と共にドアが吹き飛び、中にいた桜井賢が吐き出された。

桜井賢は1人だけだった。
手にしていたのは、スマホでもガラケーの代替機でもなく、故障していない桜井のガラケーだった。
帰宅してみると、FAXは何事もなかったように動いていた。

ここ数日の事は何だったのかよくわからないが、普通にもどったのだからまぁいいか。

カタカタカタとFAXが何か受信した。「桜井へ テレビ見てたら俺そっくりの男がiPhoneもパソコンも捨てて、原稿用紙と万年筆で小説も作詞もするって言っててびっくりしたんだけど、俺は相変わらずiPhoneと複数のパソコンがないと仕事できないんだよね。気持ち悪くない?誰だよこいつ! 高見沢」

相変わらず汚ねえ字だな。高見沢こそ逆にアナログ化したほうがよくねえか?


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