ずるい男
AはXの部下だ。
AはXの仕事ぶりが気に食わなかった。
二人ともに営業マンだが、Xは3ヶ月連続で売り上げを出せなかったのだ。
でものうのうと会社に在籍している。
まだ20代の若いAには、それが許せなかった。
AにはXが怠惰で無能な上司にしか見えなかったのだ。
普段から二人は反りが合わなかった。
Xの言うことにはAは常に疑問を感じていた。
性格も仕事のやり方も何もかもが合わなかった。
Xは3ヶ月連続で売り上げを出していないのに、会社を辞めない、クビにもならない。
Aは我慢がならず、Xに話があると申し出た。
Aは会議室でXを待ち構えた。
「X部長、話があります。」
Xはその話の入りに不穏を感じた。
「X部長、X部長は営業なのに、もう3ヶ月も売り上げを出していないですよね。しかしそれはどうなんでしょうか。僕は潔く今の役職を返上すべきだと思います。」
Aは不満をぶつけた。
その中には日頃からの鬱積も含まれていた。
売り上げももちろんだが、普段の馬の合わなさも、彼の攻撃に拍車をかけた。
Xは黙っていた。
頷いている。
しかしその場で何か結論が出ることはなかった。
そのまま話し合いは終わった。
数日後、AはXに謝罪した。
「先日はすみませんでした。僕も色々と考えるところがありまして...」
Xは大人なので、笑顔でいいよいいよと彼をいなした。
その場は笑顔で収めた。
しかしXは思っていた。
「Aはまだ1〜2年目にもかかわらず、あそこまで物申す気概は素晴らしい。しかしだ、しかし奴にも問題はある。あいつは頻繁に遅刻はするし、挨拶もロクにきちんとしない。社会的常識がない。先輩への口の利き方もなっていないし、なんと上司の前で脚を組んだりもする。そんな社会のイロハどころか、人に対する敬意もわからんような若造が、何を偉そうに俺に指示をするのか。」
Xはさらに思った。
「人のことを、しかも歳も役職も経験も全てが上のこの俺を、散々にこき下ろした。じゃあお前は一体何なのだ。社会的常識も知らない若造のくせに。自分のことは棚に上げておいて、一体何様のつもりだ。」
Xは若造にコケにされたことを根に持った。
それからXはAを徹底的に無視した。
あちらから話しかけてくれば対応はするが、こちらからは一切声をかけない。
別にいじめているつもりも、誰かに悪口を吹聴しているわけでもない。
ただ相手にしていないだけだ。
相手から話が来れば対応はしてやっている。
何の問題もない。
それから2年が経った。
Xはまだ在籍していた。
あの後、何とか成績は上向き、その後は一進一退の成績を繰り返していた。
Aも変わらずだった。
勢いよく成績が伸びるわけでも、極端に売り上げを上げられないわけでもなく、淡々と日々が過ぎていた。
二人は相変わらずだった。
相変わらず話さなかった。
ある日、Aは交通事故にあった。
重体だという。
Xは心の中でほくそ笑んだ。
「ざまーみやがれ。」
不謹慎かもしれないが、それがXの正直な気持ちだった。
原因は飲酒運転だという。
そうだ、あいつは酒好きだった。
どうせ深夜まで酒をかっくらっていたのだろう。
いい気味だ。
そしてAは数ヶ月もの間、会社に顔を見せなかった。
Xはほくそ笑んだ。
酒だぞ。
酒が原因で事故を起こして、会社をクビにならないはずがない。
しかもAよ、お前は俺にこう言ったな。
「もう3ヶ月も売り上げを出していないですよね。しかしそれはどうなんでしょうか。僕は潔く今の役職を返上すべきだと思います。」
まさに今のお前じゃないか。
お前なんか今回のことで役職返上どころか、潔く退職すべきだろう。
自らの過ちで売り上げを上げていないのだからな、お前は。
そしてもう3ヶ月だよな?
そっくりそのままお前に返してやる。
当然、あれだけ偉そうに俺に指図をしたのだから、お前は潔く辞めるんだよな?
さては会社にクビにでもしてもらうつもりか?
自分からじゃ格好がつかんもんな。
本当にお前はずる賢く姑息な男だ。
しかし会社の対応は違った。
Aは懲戒免職どころか、何のペナルティさえも受けなかったのだ。
Xは憤慨した。
会社は小さい。
全てはワンマン社長の独断だ。
「社長!なぜあんな非常識な若造をのさばらせておくのですか!当然クビでしょう!」
しかし社長はAの処分をどうするでもなく、曖昧なまま放置し、そして復帰させた。
Aは復帰後、特に謝罪することもなく、厚かましくも職場にのうのうと復帰したのだった。
腐ってやがる。
この会社もAも腐ってやがる。
Xは心底嫌気が差した。
あのAという生意気な若造にもほとほと嫌気が差すが、社長も社長だ。
あんなクソガキ一人に何も強く言えやしない。
そんな態度だからAはつけあがるんだ。
Aは会社を大人を人生をナメている。
あいつには制裁を加えねば。
しかしXにはそんな度胸も覚悟もない。
あんなクソ野郎の為に人生を棒に振るなんてまっぴらごめんだ。
Xは程なくして会社を去った。
Aは相変わらずのうのうと働き続けている。
あの社長も相変わらずだ。
その後、風の噂でAの近況を聞いた。
Aが飲酒運転で大事故を起こしたのに、謝罪の一つもしなかったこと、そしてへらへらと職場に復帰してきたこと、それらを皆は実は快く思っていなかった。
皆、本人の前ではいつも通り振る舞っていたが、裏では相当にこき下ろしていたらしい。
Xは部長という立場だったのでその輪には入っていなかったのだが、実のところ、Aは復帰後、皆からそう思われていたらしい。
そして今では誰も相手にしていないそうだ。
表面上は適当に会話をするが、誰も真正面から付き合おうとはしない。
それはAの人間性、社会性、常識に、皆が疑問を持ったからだ。
しかしAは気付いていない。
それは幸せかもしれないし、また、そんなことを教えても、奴には到底わかるはずもあるまい。
とにかくXは痛快だった。
自分の方がまともだったと、皆が証明してくれたようなものなのだから。
Aはこのまま皆から干され続ければいい。
そして消え去れ。
社会的にも消え去っちまえ。
Xは心から湧き出る悦びに我を忘れて叫んだ。
「俺は勝った!あいつに勝ったんだ!あの若造に!」
長い年月にようやく終止符が打たれた。
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