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「私たちが幼馴染なのって、奇跡だよね」 あの日、遥が突然そんなことを言いだしたものだから、僕は狼狽えてしまい、「ばっかじゃねーの」と、手に持っていた数学の教科書を放り出した。机が大げさな音を立て、遥は一瞬驚いた顔を見せたけれど、すぐに「まー君にはわかんないかなあ」と、目を細めた。 遙とは幼稚園からの幼馴染だった。母親同士がママ友で、小学生の低学年までは、お互いの家をよく親子セットで行き来していた。中学生になってからは、成績の良い遥に僕の母親が頼んで、時々一緒に勉強をしてい
「例えば、赤い薔薇の花言葉ってなんだと思う?」 「情熱とか、美とか、あとは愛情とか。そういうイメージ」 「そう。正解」 そう言って彼女は僕に赤い薔薇を渡す。 「じゃあさ、白色は?」 「純潔とか、清純とか。ピュアな感じだったかな」 「あと、私は貴方に相応しい、とか」 勿論そんな風に言われてるだけに過ぎないけど。彼女はそう付け足し、白い薔薇を渡す。 「青色の薔薇は、どうかな?」 「え、存在しないんじゃないの?」 「いつの話よ」 夢叶うだよ。彼女は青色の薔薇を
私は地方新聞社の知人編集者から、いくつか建築を見て周ってそれらを題材にした短編小説を書いてほしいといわれた。私は建築を見るのがどちらかというと好きだったし、それに何よりも原稿料がははずむともいわれた。断る理由はない。それで引き受けることにした。 建築案内役は今売り出し中の気鋭建築家であった。 取材当日、彼は私の希望を訊きながら次々と建築を見せて回ってくれた。 彼の案内してくれる建築はどれも素晴らしかったが、その中でとても印象に残った建築があった。 その建築は彼が最
「作った人が嬉しくなる料理を」をモットーに、公開するたびにそのレシピが話題を呼ぶ今井真実さん。 「人生に詰んだ」元アイドルにして、小説「シナプス」で悩める女子たちから圧倒的な共感を集めた大木亜希子さん。 ともにnoteに等身大の姿を綴ってこられたお二人による、夢のコラボレーションが実現しました! 大木亜希子さんが綴る新連載「マイ・ディア・キッチン」は、レストランでシェフとして働く34歳の女性、白石葉を主人公としたハートウォーミングな料理小説。 この葉がつくるお料理の数
今日は十二月七日の水曜日。水曜日ってやつは最悪だ。会社員ならみんな知ってることだけど。月曜火曜と働いて、終電で帰り、今週の出勤日があと三日もあることに絶望して、現実逃避をするために疲れ切っている体にストゼロを流し込んで、炬燵で寝落ち、朝日の眩しさで目覚めてタバコを吸う。始発の電車に乗る、水曜日の朝。次の休みまで、あと三日も働かなくてはいけない。 毎日働いてるときの記憶はない。今日は気づいたら、上司の靴跡のついたレジュメを握りしめていた。あれ、俺、なにしようとしてたんだ?
秋の終わりの、霧雨がけぶるように降る朝。 傘をさすべきか迷いながらも結局、一度もささずに、湿っぽい髪のまま駅の改札を抜けた。 このあと待っているのが仕事なら苛立たしい気分になっただろうけど、パートが休みの日なのでまあいいか、と鷹揚に構え、濡れた線路の匂いを嗅ぎながら、ゆっくりホームを歩いてゆく。既に出勤ラッシュの時間は過ぎて、床に描かれた扉の印のところにひとりふたりと人が立っている程度で混んではいない。 午前十時に着くように、九時五十分の電車に乗るつもりだ。図書館に