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#小説 記事まとめ

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2022年2月の記事一覧

好感度上昇サプリ

「ごめんなさい。人としては好きなんだけど、異性としては……。」 彼女の言葉に、“あぁまたか”とうんざりした。 「そっか、正直に言ってくれてありがとう。」谷村はいった。 彼女と別れ家に帰る電車の中、気付くと自身の人生を振り返っていた。 勉強もスポーツも苦手で、友達が殆どいなかった学生時代。 希望するところには受からず、何とか引っかかったところに進んだ大学受験・就職活動。 就職して7年、同期が出世していくなか、これといった成果も出せずに言われた業務を只管こなす日々。 想いを伝

ショートショート「24時間営業の眼鏡屋」

 山奥の田舎にあるだけでも珍しいというのに、その眼鏡屋は24時間営業だった。思えば僕の小さい頃からその眼鏡屋は営業していて、お客さんなんて時々老眼鏡を買いにおじいさんが入るぐらいで、よく潰れないものだと不思議だった。それにやっぱり24時間営業だなんて変だ。夜中にわざわざ眼鏡屋さんに行く人なんているわけが無い。  僕はこの田舎があまり好きでは無かった。高校を卒業したらいつか上京して都会で生活することを夢見ていて、そのためにはお金が必要だったから、その眼鏡屋さんの入り口に貼られて

ショートショート【空飛ぶポスト】

 深夜バイトの帰り道、こんなところにポストがあっただろうかと思う。所々塗装は剥げ落ちていて、新しく設置されたものではないのは間違いないだろう。街灯に照らされたポストは、濡れたような赤黒い光沢を帯びていて、それがなんとも不気味にも思えた。少なくともこんな色のポストは、今までに見たことが無い。  僕がしばらくそのポストから目を離せないでいると、その四角いポストは、ひとりでにゆっくりと開いた。それは扉みたいに、ハガキを入れる口の付いた正面の部分が、右側の一片を固定したまま横開きに開

ショートショート「コンパス・バレエ」

このたび「バレエ文学」という企画に参加させてもらうことになりまして、バレエにちなんだ以下のショートショートを寄稿させていただきました。ご笑覧くださいませ! 「コンパス・バレエ」 田丸雅智  算数のあとの休み時間に、となりの席の伊藤さんが机の上でコンパスをくるくる回していた。  何をやってるんだろう……。  そう思った直後、ぼくは目を丸くした。どういうわけか伊藤さんのコンパスは支えなしで立っていて、細長い2つの脚をまるで人間みたいに曲げたり伸ばしたりしていたのだ。 「ねぇ、

イルカの恋は涙色 第1話

私は水泳が苦手。 プールに入ると、やけに身体が重い気がするし、クロールや平泳ぎをしても、手足をどう動かしていいか、いまいちわからない。 そんな私の泳ぎを見て、みんなが笑う。 だから、私は水泳が嫌い。 ビート板に捕まって泳ぐのは誰よりも早いのに、先生はすぐ、ビート板なしで泳いでごらん、という。 私は真っ直ぐ前に手を伸ばして、足だけバタバタさせて泳いでみる。 手で水をかいて進むのよ、 先生は一生懸命教えてくれるけど、 やっぱりうまく泳げない。 だけど海は好き。 波の音 潮の

¥100

一穂ミチ「光のとこにいてね」 #001

あの日、うらぶれた団地で出会った結珠と果遠。全く違う境遇にありながら、同じ孤独を抱える二人の少女は強く惹かれ合う。いま最注目の作家が問いかける家族、そして愛 第一章 彼女を思う時、いつもわたしは七歳に返る。幼いあの子、幼いわたし。振り返った時、陽だまりの中に佇んでいた彼女。濃いえんじ色のスカートの秩序だったプリーツ、そこから伸びた棒みたいな脚を包んでいた真っ白なソックス。夕方の翳りが混じり始めた日なた。朝ほど強烈ではなく、真昼ほどあっけらかんともしていない、時間によってやわ