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#小説 記事まとめ

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2021年10月の記事一覧

とある讃岐うどん屋の閉店日に起こった奇跡

 長らく親しまれていた讃岐うどん屋が閉店することに決まった。別に店が経ち行かなくなったわけではない。ただ店のオーナーの老夫婦が年齢の限界を感じで店を閉店することに決めたのである。オーナーの夫婦は「うちにも子供がいればよかったんだけど」と寂しい笑みを浮かべて語っていたが、こうして長らく親しまれていた店がなくなっていくのは悲しいものがある。  今回はその老舗の讃岐うどん屋の閉店日に起こった出来事を書こうと思う。さて長らく親しまれてきた店の最終日だけあって店内は満杯になった。オー

掌編「カッシアリタ」 朝の人間観察

 休日の朝の街にはまだ、昨夜の喧騒の余韻が残っていた。  かすかに漂うアルコールの残り香。焼き魚や揚げ物の脂のにおい。道端に転がる煙草の吸い殻や紙くず、ビールの空き缶。例の疫病がとりあえず鳴りをひそめてから、あたしや男の住む街の繁華街も、少しずつだが夜の活気を取り戻していた。  人通りのほとんどない道ばたに、あたしと男は車いすを並べ、ガードレールに背をあずけ、ぼんやりとたたずんでいた。今朝はよく晴れている。右手にある街路樹のけやきが、ほんのわずかだが赤く色づきはじめていた。も

令和喜多みな実・野村尚平 写真小説『わたしの影』

 駅の駐輪場ったら朝7時には埋まっているのだから堪らない。歩けよ、と思う。私は不動産屋さんの説明が足らなかったせいで三つの駅のバミューダ中間の部屋を借りたので仕方ない。少し離れたところに停めると帰りに迎えに行くのが億劫だ。かといってその辺りに停めてしまえば2,500円をご老体に献上することになる。悔しい。今日は来ないと信じて銀行の前に停める。私が迎えに来るまでは堂々と 「ちょっと引き落としに来ました」という顔で立っていてほしい。  2番線の5号車を目指す。それが最も効率の

【エレン先生の短編小説01】今から電池の話をします

「さあ、今日は電池の話をするよ」  エレン先生は、そう言って席についた。 「そうだなあ。電池の話だけじゃつまらないから、まずはゲームの話でもしようか」  皆はふふんと聞いていた。  小学校の図書室内の、特別室。  鍵は先生しか持っていない。それはエレン先生だけじゃなく、先生、と付く人ならば誰でも。  給食終わりの長い休み時間。その時間にここを開けるのは、エレン先生だけだ。  近辺の小学校を日替わりで訪れている英語担当のエレン先生は、ここで色々な話をする。  一週