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#小説 記事まとめ

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2021年9月の記事一覧

小説:イグニッションガール 【2000字ジャスト】

「低気圧ぶっころす」と、私は目が覚めると同時に呟いた。 パジャマにしているパーカーのフードで首のストレッチをしたが、頭は重いままだった。 たぶん今、頭が2トンくらいある。 私はベッドに寝たまま身体をずりずり移動し、テーブルの上のペットボトルに手を伸ばした。 しかし、あと少しのところでペットボトルは向こう側に倒れた。 私は天井を見つめたまま、「ミルクティーぶっころす」と呟いた。 空腹ではなかったけれど、頭痛薬を飲むためになにか食べようとキッチンに下りた。 「頭が痛いときはカフ

救世主

電車に揺られ、イヤホンから聞こえるお気に入りのプレイリストに意識がふわふわと溶けていく。 今日も一日、社会生活をよく頑張った。会いたくない人とも会い、話したくもないのに話し、笑いたくもないのに笑った一日だった。 18時になったと同時に誰よりも早く学校という小さな社会から抜け出し、こうして一人で電車に揺られている時間が好きだ。 心地よい揺れに意識を手放そうとした、その時。大きな衝撃音とともに、鼓膜をつんざくようなブレーキ音が響き渡った。 人身事故らしい。 電車内の電気が消え、

からやぎ【短編小説】

 インスタグラムを開けば、都会に出ていった同級生たちのすてきな日常が、私をボコボコに殴ってくる。打ちのめされて、モヤモヤとした暗雲のような気持ちが心の底に溜まっていくのを感じる。ハァ〜〜〜。煙草の煙と一緒に、思わず特大の溜息をつく。流行りの店、都会にしかない服、化粧品、話題のスポット…。そんなものこの田舎町にはない。何処を探したってひとつも無い。 「幸せが逃げたな」 いつの間に隣に立っていた上司がせせら笑う。彼は胸ポケットからiQOSを取り出して吸い始めた。ひとつひとつの動作

時よ止まれ、お前は美しい【#2000字ドラマ】

 ツキがない時……なぜか色んな“ついてない”は、だるま落としみたいに重なる。体育でボールが顔面に当たった。自販機で好きな飲み物が品切れだった。お気に入りのキーホルダーが壊れた。  そして今、学校の帰り道。ダイヤが乱れて駅は激混みで、人混みに押されながら電車に乗り込み、吊革にしがみついた。そして右の隣の隣に苦手なクラスメイトの男子、加藤(かとう)の姿を発見した。いつも無表情で、あまり人とつるまずに、一人で音楽を聴いてる加藤。今まで話したことはない。  加藤は私に気づいたよう

佐藤健主演で話題の映画『護られなかった者たちへ』に連なる社会派ヒューマンミステリー――中山七里「彷徨う者たち」

ミステリーにとどまらず、社会問題に鋭く切り込みながらそれに翻弄される人々の人間模様を色濃く描いたストーリーが人気の「宮城県警シリーズ」。『護られなかった者たちへ』『境界線』に続く本作は、笘篠&蓮田刑事の名コンビ第3弾。直面する難事件に、笘篠はどのように挑み、蓮田は何を選択するのか―― 一 解体と復興1  八月十五日、宮城県本吉郡南三陸町歌津吉野沢。  渡辺憲一(わたなべけんいち)は作業の手をいったん止め、高台から伊里前湾を眺めた。海はここから一キロ以上離れており、波の具合

新連載リレーストーリー「引っ越し仕事人#1」

ロンブーの番組をやっていた頃から仲良くしている放送作家さんと3人でリレーストーリーにチャレンジします。 1-3話は、元新宿西口プロレスのレスラーだったゴージャス染谷さん。 4-6話は、私。 7-9話は、脚本家としても活躍するバラエティ界のベテラン鈴木しげきさん。 物語の主人公は、依頼主の「秘密の思い出の詰まったモノ」を嗅ぎつけてしまう特殊?な能力を持った“引っ越し屋さん“。 その能力故に、ある事件に巻き込まれて・・・。 第1話 名もなき引っ越しのプロ 土曜の朝、引っ越し車

メルヘン宇宙~いろんな星のショートショート~ オフローズ・宮崎駿介

よしもと神保町漫才劇場所属 オフローズ・宮崎の新しい連載が開始! いろんな星で起こるお話を一回読み切りで展開していきます。 第一回「ランチの女王~太陽3つの星~」 その星には太陽が3つあります。 3つが3つとも燦々で大変あっつい星です。 たくさんある星の中でも一番ランチのおいしい星です。 この星には太陽が3つあるのでランチタイムも三回あります。人間、太陽が真上に上がったらランチタイム、これは人間です。 三度のランチタイムにみんながみんな押し寄せるレストランがありました。

【小説】月をのむ

月を飲み込んだ。だから来てよ。 久々にかかってきた通話は、そこで切れてしまった。彼女はいつも、タイミングが悪い。連絡を寄越すのはだいたい深夜だし、ゼミに顔を出すのは決まって試験前だった。そして明日は、僕の引っ越しときている。 それでも僕はスクーターにまたがり、10キロ先の彼女のアパートを目指す。夜にぽつんと浮かぶ部屋の灯りを思い浮かべながら。頬にあたる風が冷たくて、数週間前まで側にあった夏が全部嘘みたいに思えた。 *** 「で、何を飲んだって?」 「満月。あたしのお腹