富士見 ヒロ

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    2000文字ぴったりで書いた小説たち置き場

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小説:イグニッションガール 【2000字ジャスト】

「低気圧ぶっころす」と、私は目が覚めると同時に呟いた。 パジャマにしているパーカーのフードで首のストレッチをしたが、頭は重いままだった。 たぶん今、頭が2トンくらいある。 私はベッドに寝たまま身体をずりずり移動し、テーブルの上のペットボトルに手を伸ばした。 しかし、あと少しのところでペットボトルは向こう側に倒れた。 私は天井を見つめたまま、「ミルクティーぶっころす」と呟いた。 空腹ではなかったけれど、頭痛薬を飲むためになにか食べようとキッチンに下りた。 「頭が痛いときはカフ

    • 小説:ツヅクオンガク 【2000字ジャスト】

      カラカラカラと自転車のホイールが鳴く。 また今日も嫌なことがあった。 あの人にラインしそうになる指を折る。 めんどくさい女になりたくない。 めんどくさい女だとバレたくない。 そうして私はドライを装う。 あたし、スーパードゥラァァイ。 チェストの引き出しから古い音楽プレイヤーが出てきた。 香水の瓶みたいなかたちの音楽プレイヤーだった。 両親のどちらかのものなのだろうけれど、もはや知る術はない。 私はおそるおそるケーブルを繋いで充電してみた。 まだ生きている。 だがしかし、どう

      • 小説:フェスティーヴォ 【2000字ジャスト】

        冷凍庫を開けると、それはあった。 僕はそれを手に取り、冷凍庫を閉めた。 こんなものがあるなんて、祖父もまだまだ元気だな、と僕は思った。 こんなタイミングで夏休みを与えられたって困る。 なに休みだよこれ。 とは言え、然るべきタイミングで夏休みを与えられてもそれはそれで困る。 あとでさんざん恩着せがましく言われるのだ。 ちゃんと夏に夏休みのシフト組んであげたでしょ?と。 そして正月に言われるのだ。 夏休みしっかり休ませてあげたんだから、年末年始出られるよね?と。 かと言って夏も

        • 小説:神様はクレームを聞かない 【2000字ジャスト】

          「昔さぁ」と私は言った。 「なんかの記念?なんだろあれ。わかんないけど、SLが走ったことがあったのね」 「SLってなに?下ネタ?」と彼女は言った。 「下ネタが走るってなに?逆に。SLは、えーと、蒸気機関車?」 「へー」 「興味もないからとくに見に行ったりもしなかったんだけど、部屋でぼーっとしてたら、遠くから汽笛が聞こえてさ。汽笛って、ぽーーってやつね」 「それぐらい知ってるよ!」 「お、おぉ。汽笛知っててSL知らんのか」 「汽笛って呼ぶのは知らなかった」 私はツッコまずに話を

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        小説:イグニッションガール 【2000字ジャスト】

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          16本

        記事

          小説:ナイトホークス 【2000字ジャスト】

          投げた空き缶は花壇のレンガに当たり、必要以上に大きな音が響いた。 昼間ならこんな大きな音は出ないような気がする。 昼と夜とでは空気の質が違うのだろうか。 あるいはそれは暗闇の中にいることで無意識な怯えがあり、耳が鋭くなっているせいなのかもしれない。 どうでもいい。 空き缶は帰るときにゴミ箱に入れよう。 どうせゴミ箱の前を通る。 また考え事に戻るために、僕は両手の親指でこめかみを押した。 それは誰かの癖がうつってしまったものだった。 小さい頃のことだからよく覚えていない。 眠

          小説:ナイトホークス 【2000字ジャスト】

          小説:ダンスレター 【2000字ジャスト】

          いつもと違うエナジードリンクを買ったら苦手な味だったので海に行くことにした。 このまま学校に行ったっていいことがないような気がしたからだ。 がんばってできるだけ飲んだけれど、どうしても全部は飲み切れなかった。 残りは「ごめんやで」と心の中で言いながらコンビニの灰皿に流し込んだ。 自転車にドリンクホルダーがあればなんとか飲み切れたかもしれないのにな、と僕は思った。 しかし、想像の中の缶ジュースはそこらじゅうに飛び散った。 手はべたべたになり、ズボンに染み込み、走りながら拭くもの

          小説:ダンスレター 【2000字ジャスト】

          小説:ファイアズ 【2000字ジャスト】

          踊り場の大きな鏡には、一か所だけ歪んでいる部分があった。 誰かが、ガラスは液体だと言っていた気がする。 古い校舎の古い鏡だから、そんなこともあるのかな、と私は思った。 おそらくは誰も気にしていないし、もしかしたら気付いてもいない。 見上げないと見つけられない部分だし、誰も映ることのない部分だから、わざわざ気にする必要もないのだろう。 その歪みを見つけたのは偶然だった。 私は鎖骨のあたりに赤い痣がある。 シャツをずらさなければ見えないような場所だけれど、私は時々それが気になった

          小説:ファイアズ 【2000字ジャスト】

          小説:衝動 【2000字ジャスト】

          あいつは時々女ものの香水の匂いがする。 そのたびに、私は朝からムカつくことになる。 「なんで肩パンチするの?おはよう」 「わたしの母国では朝の挨拶はこう」 「いや、保育園のときから一緒でしょ」 そう言うと、あいつは肩をおさえながら席に着いた。 人の気も知らない顔で。 天気のいい休日に私は自転車に乗る。 なにかを考えたいときはいつも。 景色が移り変わる速度が、私が考え事をする速度に似ている。 考えたってしょうがない、という考えに至るまで私は走る。 私の脚が太くなってきたのはあ

          小説:衝動 【2000字ジャスト】

          小説:五月雨をあつめて 【2000字ジャスト】

          私は船を作る。 出来るだけ早く、出来るだけ丈夫な船を。 グラウンドを走り回る犬を眺めながら、私は必死に眠気をこらえていた。 教室は春にかならず眠くなるような設計でもされているのだろうか。 少し暖かすぎる室温、のんびりとした拡散光、単調な先生の声、ほのかな制汗剤の香り、衣擦れの音、身動きの取れない硬い椅子、ひそひそ声、あたまがぼーっとしてくる。 私は眠るわけにはいかない。 真面目な私は眠るわけにはいかない。 私は恵まれた子供だった。 微笑んでさえいれば、なんでも与えられるこ

          小説:五月雨をあつめて 【2000字ジャスト】

          小説:ケサランパサラン 【2000字ジャスト】

          僕はそれをケサランパサランだと言い張った。 海苔の佃煮の瓶に入れたそれを、僕は大切に机の上に飾っていた。 ときどき手にとっては眺め、そのたびにひそやかな興奮に浸っていた。 まるで共通の秘密を分かち合うみたいに。 できるだけそれを誰にも見せないようにしていた。 隠したかったのではない。 否定されるのが嫌だったのだ。 「雑草の綿毛でしょ」「動物の毛じゃないの」 皆はそろって僕を絶望させようとした。 可能性なんてくそくらえと思った。 あるのは僕の現実だけでいい。 「そう。あなた

          小説:ケサランパサラン 【2000字ジャスト】

          小説:宇宙おじさん 【2000字ジャスト】

          「そこまで言う?」と母が言ったので、私は犬の散歩に行くことにした。 トラブルが起きる直前の部屋は独特の匂いがする。 その匂いを感じたとき、私はいつも犬に道連れになってもらった。 哀れな皿がゴミになる音を聞く前に。 脱出する口実にされる犬には悪いかなと思った。 けれど、犬はいつも「え?散歩?いいんですか?」という顔で私に微笑んだ。 犬は私よりずっと嗅覚が優れている。 だから、私よりずっと早く不穏の匂いを感じとることができた。 そして私の不安の匂いも感じることができた。 しかし

          小説:宇宙おじさん 【2000字ジャスト】

          小説:くさ枕

          山道を登りながらこう考えた。 めっちゃうんこしたい。 智に働けばうんこしたい。 情に棹させばうんこしたい。 意地を通せば漏らすなこれ。 道端の花の写真を撮るふりをしてしゃがみ、僕はさりげなく最後尾になった。 よし、クラスメイトをやり過ごした。 残る敵は貴様だ、うんこ。 どうしてうちの学校には登山レクリエーションなんて行事があるのだろう。 しかもどうして泊りがけなんだろう。 体調の管理ができるわけないじゃないか。 主にうんことかの。 ぼやいている場合じゃない。 便意をなん

          小説:くさ枕

          小説:ラニアケア・チルドレン 【2000字ジャスト】

          「猫人間コンテストしよ」と鈴木は言った。 僕は今年何十回目かわからない「どういうこと?」という返事をした。 鈴木の言うことが一発でわかったことのほうが少ない。 「あの、あれの猫版」 「そこまではぎりぎりわかる。競技内容がわかんない」 「それは今から考えよ」 「考えてから提案してほしかった」と僕は言った。 僕と鈴木が廊下で丸くなって寝ていると、先生が通りかかった。 「いや、事件じゃん」と先生は言った。 「先生、どっち?」と鈴木が言った。 「犯人が?」 「どっちが猫?」 「先生

          小説:ラニアケア・チルドレン 【2000字ジャスト】

          小説:ハルノシュラ【2000字ジャスト】

          「いやーモトサなんてするもんじゃないね」 そう言って彼女は、手に持ったペットボトルで丸めたレポート用紙を打った。 私が捕りそこねたレポート球は、窓際のラジエーターの下に転がった。 火傷しないように拾いながら私は聞いてみた。 「モトサ?」 「元カレサーチ」 「あぁ」 私が次の球を投げようとすると、彼女が言った。 「いや聞いてこいよ」 「なにが?」 「どうしたのとかさ、ほうほうそれでとかさ」 「だってぜったいめんどくさい話じゃん」 「なんか昨日SNS見てたらさ、視界のはじに」 「

          小説:ハルノシュラ【2000字ジャスト】

          小説:イエスタディ【2000字ジャスト】

          僕が生まれた年に生産されたそのバイクを、僕は二十歳の誕生日に手に入れた。 結婚することになった先輩がバイクを手放すのと、先輩のバイクが欲しかった僕の誕生日が同じタイミングでやってきた。 「俺だと思って、大切にしてね」と、先輩はいつもの冗談を言うときの笑顔で言った。 「なに言ってるんですか」 僕はあくまで冷たそうに言ったけれど、言葉にできない感情が溢れそうになるのを抑え込むのに必死だった。 大切にするに決まってるじゃないか。 空冷単気筒のドポドポとした牧歌的な音は、僕をどこへ

          小説:イエスタディ【2000字ジャスト】

          小説:ボイラールーム

          僕の夏休みは犬に食べられてしまった。 犬は首をかしげるばかりだった。 かわいい顔をすればなんとかなると思っている。 そして、僕がまんまと許してしまうことを知っている。 僕はなんとか犬に状況を説明しようとしたが、犬は遊んでもらえていると思ってはしゃぎまわるだけだった。 これだから犬は、と思ったが、そもそも犬に説明すること自体が意味のないことだと気付いた。 とにかく、夏休みがはじまってまだ二週間だというのにほとんどが細切れにされてしまった宿題たちをどうするか、僕は考える必要が

          小説:ボイラールーム