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わたしが住んでいる築四十年の木造アパートの近くには、わりと大きな川が流れている。その辺りによく人間の指みたいなものが落ちているので、わたしは頻繁にそれらを拾いにいく。 川原の雑草の間に転がっていたり、石の影に隠れていたりするそれらは、どう見ても切断された人間の指にしか見えない。細長くて、爪が生えていて、指紋や皺があって、赤い切り口の真ん中に骨が見えて、見つけるたびに「やっぱり指だよなぁ」と思うのだけれど、どうしてそこに指が落ちているのかはわからない。親指っぽく太いものもあ
ビルの隙間に照りつける強い日差しを避けながら、長財布とスマートフォン、コンビニのアイスコーヒーを片手に信号待ちをする。隣に立つサキが大きく伸びをした。 「あー、暑くてやってらんない。早く帰りたいわぁ」 「ほんとだねぇ」 タスク管理のアプリに残る未着手のマークのついた今日中に片付けねばならないあれこれを思い浮かべるとうんざりするが、長谷川ナツミは同期とのランチを終えた後のこの弛緩した時間が嫌いではない。自分が東京という巨大な街の一部分に溶け込んでいるのを実感し、小さな興奮を
「ではまた三週間後にお待ちしております。ありがとうございました」
「ああ、本当にいたのですね」 病室に入ってきたその人を一目見た瞬間、一度も会ったことが無いにもかかわらず、ぼくには彼がずっと探していた『その人』であることがすぐにわかった。 「はじめまして。こんばんは」 彼は見た目通りの柔らかい声でそう言うと、軽やかな風を纏いながらぼくの方へとゆっくりと近付いてくる。どこかで嗅いだことのあるような、懐かしい甘いニオイと一緒に。その匂いを感じた瞬間、ぼくの体は少しだけ重力から解放されたような気がした。 病院の消灯時間はとっくに過ぎ
僕の鞄の中から一枚の紙切れが出てきた。 それは映画のチケットの半券だった。 それを見て、僕は朋美の事を思い出す。
☞1 「暁星あのさあ、俺腹減っちゃった、なんか食わして」 「…なあ、佳哉はどうして人の仕事先でいつもそうやって僕を待ってるんだ。大学は?今日1講目からあるんじゃなかったのか、今もう昼すぎだぞ」 「俺、1講目は出ない主義なんだよね」 「じゃあ何で取ったんだよ」 「あー…あれ必修」 「行けよ、卒業できないぞ」 蔦の這う煉瓦造りの高い壁がぐるりと周囲を取り囲み重厚な鉄の門扉の前に警備員を2名配す私立中高一貫の女子校の前に座り込んで僕を待っていた佳哉は、皺だらけのリネン
海へ向かう道を車で走らせる。窓を開ける。7月終わりの晴れた午後。乾いた風が髪を揺らす。フィアット500というこの車は可愛らしい姿だけど気持ちよい走りをする。 パパに買ってもらった。お父さんではないパパに。 街から郊外、田園地帯を抜ける。助手席には叔母さんの為に選んだシングルモルトとウイスキーグラスの包み、そして紅花を中心とした花束が座る。海に近付くと潮の香りが強くなる。叔母さんに会うのは五年振りぐらいだ。 裕子さん。 海岸に近い林の中にお父さんの姉である裕子さんの家がある。