感性のお話
こんばんは、浜カツヲです
今日は感性についてのお話をしたいと思います。
感性とは、美や善などの評価判断に関する印象の内包的な意味を知覚する能力と言える。これは非言語的、無意識的、直感的なものであり、例えば何らかの音楽に違和感を覚えるように人間に作用することもある。
感性の定義は哲学的、心理学的にさまざまに行われている。認識論では悟性の対極にあって受動的な知覚を担うものであり、また、人間的な理性よりも下位にあるために、より動物的なものだと論じられることもある。近代ドイツの哲学者カントが『純粋理性批判』にて「悟性的な認識の基盤を構成する感覚的直感表象を受容する能力」と言ったが、この場合の感性はより感覚に近い位置づけである。(Wikipediaより引用)
生まれつき環境に恵まれていて感性が優れている人もいれば優れていない人もいる
前者であれば
そのまま自分を貫き
後者であれば
おもむろにポケットから、体温で溶けかけのSNICKERSを取り出して目の前の現実に突き刺しYouTubeの2時間ぐらいある自律神経に効くタイプのヒーリングBGMを聴こえるか聴こえないかくらいの音量で流しながら寝てしまえば
溶かしたSNICKERSの事くらいは思い出せなくなります
数字は著しく目に見えないはずのものを可視化してしまいます
惑わされつつも試行錯誤して
絶望を受け入れましょう
物事は、理解分解再構築、破壊と再生
排他的経済水域内でオタメゴカシ・タゴコロ君が控えめな表情でこう言い放ちます
「人生は諸行無常やで」
浜カツヲは人間に一歩近付いた気がします