普通の話
こんばんは、浜ンゲリヲンです。
今日は普通の話をします
普通とは(ふつう)とは、広く通用する状態のこと。普通の『普』は、「あまねく」「広く」を意味する字である。
「出る杭は打たれる」「能有る鷹は爪を隠す」ということわざや、宗教史における異端への残害に象徴されるように、社会の中で特別な者や奇異な者は時に袋叩きに遭い、普通であることや平庸であることが求められる。しかし、単に平庸であることは、「ありきたり」「没個性」「長所を持たない」「存在感が小さい」といった厭わしい意味で捉えられることがある。
wikipediaより引用
生きていると「あたりまえ」にある「普通」
物心つく頃には認知して皆それぞれの普通に進み出すのが普通
学校の教師としてお金を貰って働く我々と立場は違えど同じ人間からよく言われました
「普通に出来ないのか!?」
…………
普通…?
意味がわからないのは至極当然の事です
そもそも普通とは
生まれた環境、育ちで養われ継承していき
自分で考える力が身に付いた辺りから
経験で身に付いていく
いわゆる二十歳までの偏見のコレクション
だと思います
なので他人から間違いを指摘される筋合いも無ければそもそも正解なんてものは存在しない(と思う)ので響かないのは当然です
じゃあ何故、人間Aは謎の強要をしてきたのか?
普通に正解が存在してる人の共通点として
どうやら大体の人がそうしているからそうしているという認識の上に普通があるっぽいので本来無いはずのものがあるように見えてしまう様です
皆がそうなのかと言われればそうでもないみたいなのですが
結局の所、多数派が正解で少数派が間違いという文化が根付いている国ではそう見えてしまっても仕方がありません
多数派少数派それぞれを個性として捉え
魔女狩りの様に少数派に石を投げつけて
無理矢理改心させるのではなく
ただでさえ息がしにくい世界で肩身の狭い思いをして好きに生きてるので
自由にさせたってくれや
と
浜ンゲリヲンは思います
何千回と石を投げつけられても一切改心する必要はありません
針が左回りに進もうが針の長さが均一であろうが同じ時計に違いはないので誇りをもちましょう
ただ、稀に価値のある石を投げ渡してくれる人もいるので初めから聞く気がないのと聞いてから取捨選択するのとでは大きな違いが出る為時には投手の見極めも必要です
他人が自分を同じ多数派にしたくてごっつデカい悪意の大岩石を思考停止民に配り
投げつけてきたらジャイアントサイを出して争いましょう
ジャイアントサイなら勝てます
異常な普通は猛毒