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やって語るか、やらないで語るか
自分は特別だと思いたいけど、特別だとは思わない。言葉では分かってる。
だから何かに挑戦する。
自分でやって、それから決める。
やってない時、人は知ってる自分で話す。
やった時、人は知った自分で話す。
.....
世の中には、やらない理由を探すのがうまい奴がいる。
そいつの言うことはもっとな内容だ。
でも、それで良いのか。って。
やらない理由を探すのがうまいやつは、その旨みを説明できる。
やらない自分を肯定出来る。
やらないあなたを肯定出来る。
さも地に足を付いてるかのように振る舞い、その裏はただ何もしないだけ。
何もしない自分を肯定するだけ。
そしてそのうち、やっておけば良かったなとど言い放つ。
やれる時間はいくらでもあっただろう。
選択しなかったのは誰だか。
......
もし自分に子供が居たら、と考える。
子供に、挑戦しなかった自分の自慢話は出来ないと思った。
待っていただけで、たまたま何かが自分の手元に来たような話しを堂々と、自分の子供には話せないと思った。
そんな薄い人生で、子供の背中は押してやれないと思った。
耐えて耐えて、耐えて掴んだもの。
でもそうじゃなくて。
自分でやってみて、挑戦して、色々経験してきて、自分の目で見たことを、自分の手で掴んだものを、自分の子供には聞かせたい。
.....
今はそれが出来る。
コツコツと積み上げてひたすら実践、毎日少しずつ発見を得て、少しずつ進んでいく。
そうやってこそ、地に足を着くって言うんじゃないのか。
他人から聞いた話じゃなくて、自分でやったことで語れよ。
そう思いながら帰路に着きました。
いいから進め。
とにかく進め。