家の中にブラックホールが出現してます

この前、なくしたヘアバンドが出てきた。

ところが、またしても物がなくなっていることに気がついた。

縫い物をする必要があったので、それならお裁縫セットがバッグに入れたままになっているはず、と思って中を見たら、なかった。

さらに、自室に置いてあるノートが1冊、使おうとしたらなくなっていた。

プラス1、からマイナス2。


それは去年、ある日の夜のこと。

「綾花ぁ……」と祖母の悲痛な声が。

何かあったのはわかる。けどこっちはお風呂から出たばっかりで、まだ服を着てない。「いま服着てないから!」と声を張り上げ、慌てて服を着て祖母のもとへ。

祖母が、寝室から出ようとして、立てなくなっていた。

相変わらず、祖母はぜんぜん外出していない。
去年、お医者さんから「週3日ぐらい、散歩してください」と運動して、筋肉をつけるように言われたのに、まったくしなかった。

私は祖母を立ち上がらせようとした。が、場所が狭い。祖母の腕を引っ張って立たせようとすると、腰を痛めてしまう危険が。

座ったまましょげている祖母に、私、ここぞとばかりに言う。

「お医者さんから言われたじゃん。筋肉つけないと、そのうち歩けなくなるよ。動かないから、いまこうなったんだよ」

一人じゃ無理だと判断し、おばを呼んだ。

おばが祖母の後ろに回り、私が前から引っ張り、2人がかりで祖母を立ち上がらせた。

さらにおばも、さっき私が言ったことと同じようなことを祖母に言った。

祖母は「ごめんね」と、話を聞き、近々散歩してくれそうな態度を見せていた。

が、わかっている。
これ、明日には忘れる。そしてまた祖母は、外出しない一日を過ごす。


祖母は、自分が何を忘れたか、ということがわからない。記憶が残らない。

けど、私が縫い物をしようとしたとき、リビングのテーブルの下にある、
自分の裁縫箱を出そうとした。

なにもかもわからない、ってわけじゃないのだ。

でも、家族なので、以前はできていたことがひとつ、またひとつできなくなっていると気づかされる。

物忘れが激しくなった祖母を、おばは「また……」とうんざりした様子。

私はおばに言った。

「おばあちゃんはね、スタンド使いなんだよ。ブラックホールの。自分が忘れたことも忘れるの」

祖母は、自分の記憶さえも飲みこまれる、ブラックホールの能力が使えるようになった、ということにしてみた。

おばは『ジョジョの奇妙な冒険』を知らない。
スタンドというのは能力のことで、「そういう能力なんだよ」と言っておいたけど、伝わったかどうか。

そういえば、「老人力」なんて言葉がありましたね。

祖母のボケに対し、なるべくイライラしないで接したい、と思ってはいるけど、まだ私はそんなに寛容にはなれていない。


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