ボーイミーツガール(みちるちゃんの逃避行)
娘をなくした夫婦が作った、みちるちゃん
パパとママは世界の終わりに蒸発しちゃいました
背中のボタンを押されて繭になり 457年後
目を覚ましたら人間は死に絶えて
あたり一面 ロボットの世界になっていた
私は人間に育てられたみちるちゃん
誰かと誰かが手と手をつなぎ、にっこり笑って見つめ合う
それがなんだかどうやったって 忘れられやしないのよ
旧文明の懐かしい景色 わたしも
いつかだれかを愛したい
いつかみちるが大好きになれるような、みちるのことも大好きになってくれるような
誰かが 現れたのならいいのになって
「いつかきっとあらわれるよ」ってパパとママも言ってたの
だから
ロボットの男の子、もっと世界に増えればいいのにと
457年前 そう 思っていたけれど
この世の中でも無理かなあ
だってみんな似たよな形で 同じほうを向いていて、
私になんか 興味なくって
自分のことだって なんなのか 誰もわかってやしないのよ
役割だけがあるなんて…わたしはひとりになっちゃった
みちるちゃんは寂しいきもちを抱えて、あてもなく街を歩いていました
道なりに進むと歩道がひとりでに流れ、その街で一番の製造ラインとメンテナンス工場を兼ねた大きな倉庫にたどり着きました
「素敵なロボはいないかな」
みちるちゃんはボーイフレンド候補をしたたか検分してやろうと、
建物内を探索することにしました
実に、実に多様なロボットがそこにはありました
並んでいたり、修理されていたり、バラバラになって組み替えられたりしていました。
「識別番号286645-3D」
悪い人ではなさそうだけど、外形の起伏に欠けました
「識別番号563KJHG-2」
あまりにも四角すぎて、抱きしめるには巨大すぎました
「識別番号MNM733-K」
柔軟そうではあるけれど、消化管みたいでちょっといただけませんでした
なかなかかっこいいロボットは見つかりません。
ちょっと飽きたなあと思っていると、
廊下の外で物の落ちる音がしました
警報音が鳴り響きます それは、みちるちゃんが
そこにいないはずの個体であることを発見される可能性を示していました
入り口から建物の内部まで深く侵入した彼女を物騒がらせるのには十分だったので、
みちるちゃんは足音を立てないようにして、側の柱の影に身を寄せました
すると、隣の柱の影で震えているロボットがいることに気づきました
あなたはだあれ?
と、みちるちゃんはきいてみました
僕?僕…10094487-Y
と、柱の陰で震えているロボットは、くぐもった小さな倍音で答えました。
相手の外形をスキャンしてみたみちるちゃんは、
少し自分に似ているプロポーションをしている、と
思いました
「私はみちるっていうの、たすけてあげるね」
「ロボットの目を欺くには…ロボットみたいにするのがいいね」
10094487-Yは聞きなれない文字列を読み込むのに2秒ほどかかりました
そして、
「僕たちロボットなんだけど…」
と言いました。そして、
「ぼく、おかしいんだ 壊れちゃった
オートシンドロームなんだ…」
「勝手に…マニュアルからオートに切り替わっちゃうんだ」
聞きなれたような、400年前に人間たちが発していたような表現を聞いて、
みちるちゃんは嬉しくなりました
10094487-Yはこう続けました
「はじめはなんともなかったのに、
だんだん自分は何をしてるんだろう?とか
自分はこういう仕事をするために生まれてきたんじゃないとか
考えしまったんだ 僕」
オートとマニュアルは、もともと人間に製造された歴史を持つロボットたちが自分たちの文化として継承しているものでした
決まった働きだけを行うプログラム処理のみに限定された回路から、低い確率で起こることや予測の難しい現場に対応するための自律回路へ切り替えるスイッチです
人間のケアをするために、ロボットたちに必ず搭載されている機能でした
ロボットたちはケアする対象そのものが存在しなくなってからも律儀にそれを守っていました
もっとも、これを必ず搭載するという法律は、国際ロボット連合でここ100年決着のついていない議題でもありました
議会はいつも紛糾しました
計算してもしてもどちらが効率がいいか数字で弾けないことがあったからです
マニュアルモードでは、個体ごとの生産効率は上がるものの、
不測の事態を避ける能力が下がるため、よく壊れてしまうのです
そういう個体を別の個体や、システムを働かせて回収するには、よぶんな時間とコストがかかりました
オート機能がアクティベートされると、個体ごとに自律するので自壊を未然に防ぐものの、生産効率にムラができてしまいました。生産する行為自体をやめてしまう個体も多く存在し、ロボット界においてそういった個体の存在は、定義できませんでした
法律自体はかろうじて存在しましたが、マニュアルがこの世界においては多数派であり
オートシンドロームに陥った個体を壊すことにほとんどのロボットは躊躇いがありませんでした
彼らは、壊れた部品を交換することと、丸ごと分解されることに対して違いを見出してはいませんでした
「毎日毎時間毎分毎秒、同じことするのが嫌なんだ でもそれがバレたらぼくは壊されちゃう マニュアルのときはこわくなかったのにオートになってからは、怖くてたまらない…それで逃げ出したんだ」
通りの奥が騒がしくなってきました。
「なんで今すぐ逃げないの?」
「逃げたって、そんなことしたらすぐつかまっちゃうよ」
この状況において、今までになくみちるちゃんの実行機能回路は赤熱していました
「あなたのその様子じゃ、ここにいたってスクラップ行きは時間の問題ね」
「できるだけ遠くまで逃げるのよ わたしを連れて」
10094487-Yは、とても速く走れる体を持っていました
みちるちゃんは自分の内燃機関が生産するエネルギーを
10094487-Yの駆動部に程近い部分の熱機関に供給してあげました
そして10094487-Yの背中に自分を強く固定し
建物内部から、街のはずれのもっと先へ、ロボットが一体も居ない場所を目指して2人は走り出しました
みちるちゃんは10094487-Yが作り出す空気抵抗を感じながら、ひとりごとのようにつぶやいていました
二人で逃げるなんて
昔パパとママと一緒にみた映画みたい
映画見たこと、ある?すごく楽しいよ いつかいっしょに、見に行こう。
しってる?レプリカントとね、デッカード警部がね、
逃げるんだよ ビークルにのって 2人で
それは「ブレードランナー」っていう映画でね、いま、本当にそれみたい。
わたし、壊れてもいい
あなたと逃避行の果てに壊れるなんて、かえって夢みたい
わたしたち 宇宙の果てまで逃げるの
わたし この瞬間のために 457年眠ったの
わたしを生かしてくれたの パパとママが
わたしにマニュアルスイッチはついてない
オートのかみさまが もしいるのなら
わたしたちを守って このほしに愛をって言う
だからあなたを守るわ わたし
内燃機関の限り 守るわ
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