26回目 "The Old System" by Saul Bellow の Part 2 です。15才年上の従兄とこの従兄の妹の感情的対立、その発生から解消までを、その二人の亡き後、記憶を手繰り、人の生と死を考えます
ここはと思った部分の拾い読み
博士のブラウン氏が思い出に浸る時間はその日の午後にまで、延々と続きます。記憶から手繰り出した従姉の人柄・行動をここまで悪しざまに描き上げて自分一人の午後の時間を楽しむのです。
[原文1] <Lines 10-18 on page 103, 'Saul Bellow Collected Stories', a Penguin book>
In her generation--Dr. Braun had given up his afternoon to the hopeless pleasure of thinking affectionately about his dead--in her generation, Tina was also old-fashioned for all her modern slang. People of her sort, and not only the women, cultivated charm. But Tina consistently willed for nothing, to have no appeal, no charm. Absolutely none. She never tried to please. Her aim must have been majesty. Based on what? She had no great thought. She built on her own nature. On primordial idea, hugely blown up. Somewhat as her flesh in its dress of white silk, as last seen by Cousin Braun some years ago.
[和訳1] 博士のブラウン氏、今は亡き従兄妹たちと彼らのご両親のことを思い出し、彼らそれぞれの生き様を評価し出したのですが、この楽しみばかりは、この日の午後も終わるという時刻まで中断できなかったのでした。ティナもまた(兄のイサックと同様に)彼女と同じ年代の女性と比べると流行には後れをとっていました。といっても彼女のおしゃべりにあっては、ごく最近のはやり言葉を進んで取り入れていたのですが。彼女のような人々は女性だけというのではなく男性もそうだったのですが自らを魅力的に見せることにかけては熱心だったこととは異なっていました。ティナは他人よりも優れた能力を築き上げようという気は毛頭持つことがなかったのでした。人の眼を引いたり、他人に素敵だと思われたりすることがなかったしそんなことをしたいとも思わなかったのです。周りの人を喜ばせようとすることもなかったのです。彼女は他人の上に立って指揮すること望んでいたに違いありません。でも、そうであるために必要な能力として何があったと言えるのでしょうか? 彼女には何ら偉大と言える思想があったのでもありません。彼女は持って生まれた能力のみで大人になりそれで生きたのでした。生まれつき備わっていた考え方、それを恰も立派なものであるかの如く誇張していたのです。彼女のいとこである博士のブラウン氏が最後に彼女を直接に目にしたのは、既に何年も以前のことで、真っ白の絹のドレスに包まれた彼女の躯体であったのですが、彼女が自身の考え方をそれほど良いかのように誇張した様は、当にこの肉体のごとくでした。
[原文1]に続いて、このようなティナが自分の兄である3人とどのような繋がり、感情的な諍いを生むことになったかが描かれるのですが、こんなに生き生きと描き出されるなんて、本当に楽しい驚きです。
[原文2] <Lines 18-30 on page 103>
Some sub-suboffice of the personality, behind a little door of the brain where the restless spirit never left its work, had ordered this tremendous female form, all of it, to become manifest. With dark hair on the forearms, conspicuous nostrils in the white face, and black eyes staring. Her eyes had an affronted expression; sometimes a look of kindness that came from Uncle Braun. The old man's sweetness. Those who try to interpret humankind through its eyes are in for much strangeness--perplexity.
The quarrel between Tina and Isaac lasted for years. She accused him of shaking off the family when the main chance came. He had refused to cut them in. He said that they has all deserted him at the zero hour. Eventually, the brothers made it up. Not Tina. She wanted nothing to do with Isaac. In the first phase of enmity she saw to it that he should know exactly what she thought of him.
[和訳2] 一人ひとりの人間の気質の収納室の奥の奥の区画の一つ、その区画は当該本人の脳の中にある幾つかの小さなドアの後ろにあるのです。そこでは落ち着くことのない精神が休みなく作業を続けています。そんな区画の一つがこの例を見ないような女性の躯体に命令を下していたのです。その躯体の全ての部分に対して、他とは違う何かで目立つようになれ、目立つように振る舞えと命令していたのです。両方の二の腕には濃い色の産毛を蓄え、白い顔には目立つ形の鼻を据え、相手を見つめ続ける黒い瞳の目を二つ持ちなさいと。彼女の両目は侮蔑を受けて反感を抱え込んでいるという表情・雰囲気を持っていました。ただし何かの拍子に優しい表情を垣間見せました。その表情は彼女の父、ブラウン伯父さんからもらい受けた特性でした。あの老人のやさしさです。人それぞれが持っている両目からその人を読み取り判定しようとする場合、その対象が彼女であると、多くの奇妙な事柄にぶつかり挫折してしまうのです。混乱に陥ってしまいます。
ティナとイサックとのいがみ合いは何年間にも渡りつづいたのでした。彼女は、これこそはという大きなチャンスが到来した時に、本人以外の一族全員を振り落としたといってイサックを責め続けました。イサックが一族を自分の側に組み込むのを拒絶したのだと責めたのでした。一方イサックは君たちこそが私を最後の最後になって見捨てたのだと主張しました。すったもんだがあったにしろ男兄弟たちは何とか折り合いました。ティナだけがそうは出来なかったのです。彼女はイサックとの接触を一切拒否する事態になってしまいました。敵対することになったその瞬間に、彼女はイサックが彼女がイサックの何がどう気に入らないのかをしっかり理解するべきであって、このことを曖昧にして仲直りは出来ないと決心したのでした。
暫く読み進めると、今度はこの短編の重要なエピソードが現れます。
[原文3]<Lines 27-30 on page 107>
Cousin Tina had discovered that one need not be bound by the old rules. That Isaac's painful longing to see his sister's face being denied, everything put into a different sphere of advanced understanding, painful but truer than the old. From her bed she appeared to be directing this research.
[和訳3](博士のブラウン氏の)従姉のティナは、人が生きていくに当たり旧い習慣に縛られることはないと(何時の頃からであったかはともかく)、ある時に気が付きそうしようと心に決めていたのでした。自分の妹と顔を会わせたいというイサックの必死の希望が拒絶されること、何もかもが上位段階(形而学の世界)でなるこれまでとは異なる世界に移動すること、そして苦しいことは確かなのですがこうすることは旧い習慣によるよりもより事実・現実に沿うものであることと考えたのでした。今回の行為が研究的実験であって、ティナは自分のベッドからそれを指揮していたのだろうと思えました。
どう理解するのか正解なのでしょうか?
[原文3]として引用した部分に限らずこの短編のあちらこちらでティナの行動・選択の理由や根拠が不明であることが繰り返されるのです。周りの人は良く解らないままに引っ張りまわされてばかりなのです。私はこれこそがベローに特有の不条理の現れ、不条理な行動(バカな行為)であり、周りの人はこれに係ると優しさと最大限の知恵を発揮してソフト・ランディングを図ると共に、バカは死ななければ治らないものとして見守り、助けの手を差し伸べ、世代の交代を待つのですとベローは主張しているのだと理解できます。
人によってはこの短編はユダヤ人が2・3代以前にあって彼らの社会を席巻していたヨーロッパ(特に東ヨーロッパ)での発想・哲学からアメリカ式の行動、金によってこそ行動の選択をするといった発想への転換の困難さ、ないしはその2者の間の軋轢を描いているのだとする意見があるようですが。どうでしょうか?
私の捉え方に戻りますが、ユダヤ人であろうがなかろうが昔からのものとして引き継いだ・生まれて来たところに応じて否応なく上にかぶさってくる規範・慣習に従うのみでなく、より多くの自由を求める為の努力の意義に思いを向けたいのです。ベローは、引き継いだ規範に反抗するだけではティナのようになるしかないと言いたいのだというのが私の読み方です。
Study Notes の無償公開
The Old System, 原書の 103 ページから 116 ページ(完結)までに相当するStudy Notes を StudyNotes_TheOldSystem_Part 2 として以下に公開します。