小説『丼とバーガー』草稿①
あらすじ
テレビ局で、全国を旅して魅力的な店主の美味しい店を紹介する番組を担当していた人気ディレクターが、なんだか言えない事情があって、YouTuberに転職!
本人は、日本の丼ものをバーガーにトランスフォームして、日本のどんぶり文化を世界の人たちに伝えたいと息巻いている。
「丼とburger」をテーマに土地ならでの丼ものを探して、車中泊仕様の軽のワゴンで日本各地を旅する元テレビディレクター。
どんな丼に出会うのか?訪れたお店の料理人やそこに暮らす人たちの助けを得ながら、どんなバーガーが生まれるのか?
日本の食は豊かだ。世界遺産の和食は深い。ファストフードと言うなかれ。その深みにどんどんハマっていく。
金沢①
金沢への道路標識。まもなく、市街に入る。川を渡ると何か結界を超えて聖地に入ったような気になるのは僕だけだろうか。
軽のワンボックスにシングルソファベッドを乗せ、キャンプに使っていたインフレーターマットを敷く、改造なしの車中泊仕様。寝袋と電気毛布が寝具。電気は携帯バッテリーから。お湯が欲しければキャンプ用の焚き火テーブルを出して、カートリッジガスバーナーで沸かす。カセットコンロも携帯している。
ご飯をここで食べることも多い。調理道具は一式揃っているので、本格的に料理する時は、リアを開けてテーブル二つ並べ、コンロ二つとまな板を乗せ、外にテーブル一つ、横下にウォータータンクとバケツをおいてキッチンは出来上がる。
コンビニ近くのコインパーキングを探したい。できれば銭湯が近くに欲しい。飲食店のある繁華街にも歩いて行きたい。
ヒトには暮らすのに必要なものがある。まず、水。食べ物。天気から守られる寝床。トイレ。お風呂。車中泊の車には屋根と寝具しかない。あとは外から調達する。TOKYO STYLEよろしく、都市の機能を利用することになる。それがコンビニ、銭湯、飲食店というわけだ。
Googleで調べていると候補が二つあった。その内の一つに決めて駐車する。少し斜めになっているか。傾斜無しは寝る時に重要だ。頭が下がっていると安眠できない。金沢は川と川に挟まれた島みたいなものなんだな。兼六園が一番高台で。だから斜面も多い。
探しているのは、その土地ならではの丼もの。かつ丼、親子丼、鰻丼は日本中にあるけれども、その土地の特色のある“どんぶり”を見つけたい。例えば、名古屋では味噌かつ丼や鰻ひつまぶしなどだ。
そしてそれをバーガーに翻訳する。丼からバーガーへ。
まずは近江市場。歩いて行ける。海鮮丼のいろいろ。もう百花繚乱だな。ご飯に刺身を生けてるよう。生花か、絵か。刺身で描いた花の様でもある。ずいぶんとわかりやすくて食欲はすごくそそられる。魚が新鮮でうまいはずなので間違いないでしょう。
だけど…と思う。ご飯に刺身を乗っけただけかな。勝手な持論だけれど、どんぶりものは、ご飯と具をつなぐタレとかソースがあって欲しいと思う。だから、具を乗せるだけというのなら、別々に食べればいいじゃんと思うのだ。ごめんなさい。
パンの調達。ここはひらめぱんと決めている。以前の仕事のリサーチで長町へ鞍月用水沿いにぶらぶらしていた時に外観に惹かれて飛び込んだパン屋さんだ。お惣菜パンがたくさん並んでいたが、何故かフランス丸パンに惹かれてひとつ買って食べた。ものすごく美味しかった。
お店に入るとあった、フランス丸パン。懐かしく嬉しくなって足早に向かう。横を見るとハンバーガー風のサンドイッチもある。パンズも作っているんだ。お願いして、このバンズを分けてもらった。もちろん丸パンも購入した。食べ比べてみたい。
コインパーキング近くの銭湯。湯船に浸かる。ふうと声が出る。毎日毎日どれだけこのお風呂に助けられたことだろう。1日の労働がリセットされる。
僕はついこの間まで、名古屋のテレビ局のアシスタントディレクターをやっていた。いわゆるADだ。やめる直前はディレクターになったが。
「ジモッTV 〇〇まち食堂」というタイトルで高視聴率をとっていた。名は体を現していて、〇〇は何の言葉を入れてもいい。毎回登場するお店の個性に合わせてタイトルを付ける。近所の常連さんの集いの場であれば「井戸端まち食堂」だし、超大盛りの店なら「盛り過ぎまち食堂」、建物が相当古くてボロだけど絶品の味であれば「ボロうままち食堂」というわけだ。
配信視聴も多く、SNSでも店主だけでなく、ディレクター名でバズったりしていたので、ずいぶん知っている人も多いと思う。事実、お店にビデオカメラを持って入って行って名乗ると、最初に比べて、よく見ていますファンです、と言われる様になっていた。一方で名乗った途端面会謝絶、けんもほろろにうちは違うので帰って来れと言われることも多くなって苦労した。何件もそれが何日も続く。気持ちも滅入ってくる。
それでも、もともと食べ物が好きだったこともあって、仕事は楽しかった。受け入れてもらったお店の手伝いしながら取材をさせてもらい、住み込みで料理をして褒められたりもした。蕎麦打ちの彼ほどではないけれど、実際ぼくの作った料理も出していた。
僕の取材は、幸いなことに演出に面白がってもらって放送されることも多かった。スタッフの中には、なかなか放送されないディレクターが何人もいる。放送を獲得するのは大変で、すごいプレッシャーだ。
なんてことを湯船の中で思い出していて、少しのぼせて来た。
浴場から出て、服を着る。脱衣場に雑貨屋の様なコーナーがある。
(何だろう?)近づくと、
「何してるの?」と制する強い声がする。番台に座るおばさんからだ。
(見てるだけだけど)「何かと思って」
「人の物よ」
(お風呂道具置き場か)
少し引きつった笑いを浮かべていただろう。
慌てて銭湯を出た。まじコワい店だな。そういや、〇〇に「コワ」を入れた「コワうま」はたくさんあったな。こういう場合のコワいはこだわっているということだし、その面倒なところが魅力だったりする。大抵はうまいし安い。
宵の口、少し小腹が空いてたので、ほろ酔いセットを表で謳っているお洒落なラーメン屋さんに入る。小鉢を二つ選んでビールは赤星。一口。うまい。湯上がりのイッパイ。小鉢は、豚バラと豆腐の卵綴じ、蓮根とウインナーの炒め物。それをつつきながら…
「どんとばーがー?何それ?」と番組プロデューサー。局の周年記念企画の募集がかかっていた。それに出したいと思っている企画を相談していた。
「どんぶりの丼とハンバーガーのバーガーです。定型で展開していく『孤独のグルメ』みたいなドラマを低予算でやりたくて。お店の人やリアルな人たちもそのまま出演してもらって、YouTuberやVbloggerのような動画のモキュメンタリーを作りたいんです。」
「低予算。いいじゃん。面白そう。出したら。」
結果は、採択されずだった。理由は、どんぶりとハンバーガーという着目点はいいが、素材がありきたりでびっくりする様なハンバーガーへの翻訳が期待されない。単純にご飯がパンに変わっただけの絵面が想像される。大体丼って、カツ丼とか天丼とか海鮮丼とかのバリエーションでしょ。ドラマも定型がメリットになっておらず、絵面が同じだと飽きてしまう。連続ドラマとしては難しいのではないか。
やってみなくちゃわからないじゃない、と思った。それにこの企画の目的はリアルにグローバルだ。いわゆるインバウンド、アウトバウンドがテーマだ。海外から訪れる外国人に同じ食材での組み立てのバーガーとどんぶりを選んで食べてもらって日本食文化の入り口にしたい。さらにパン食文化にどんぶり文化を広めるという壮大なミッションを持っている。
それで自分自身でやってみようと思った。リアルな配信動画でチャレンジしよう。海外にも配信したい。
というだけでは、カッコ良すぎるか。半分は本当にそうだが、正直なところ色々にできてしまった人間関係から距離を置きたかったこともある。
お店と親しくなりすぎて、背負っているような感じがして少し重いなという気持ちもし始めていた。これもカッコよく言い過ぎだけれど。
スタッフとの関係もある。
鮪の一本釣りの漁師の様と言われたこともある。船に乗って漁に出たらひとりひたすら獲物を追いかけ、出会いに期待し何日も待つ。当たりがなければ場所を変える。その繰り返し。
ある部分そうだけど、そんな孤独ではない。共通の地図アプリがあって、誰がどの店を訪れどんな状況なのか共有しているからだ。他の人が今どこにいるかもわかる。
だから、行ったきりの旅先で近いエリアを取材している時は、海外の辺鄙な所で日本人に出会った様で、うれしくなる。特に断られ続けている時は、地獄の沙汰でのなんとかだ。情報も気持ちも交換して、心を落ち着かせる。大海原を独りで獲物を狙っている様でひとりではない。
だから、特別な連帯感を持つ様になる。
その辺はおいおいと。
とにかく、仕事をやめた。しばらくは何にもしなかった。さすがに生活しなくちゃいけないので、飲食店でバイトをした。
そこは、おじいさんとおばあさんがやっている、中華そばととんかつとカレーの三種類をメインにしている老舗の食堂で、それをそれぞれの境界を超えて組み合わせた料理を出している。
どういうことかというと、中華そばは、もやしや焼豚、五目などのバリエーションは普通にありつつ、中華そば×とんかつで、かつ入り中華そば、中華そば×カレーで中華カレーそば、三つ合わせてかつ入り中華カレーそばのメニューが記載されている。
ここのカレー中華の凄さは、中華そばの上にカレーのルーがかかっているということ。カレーうどんの様なカレーラーメンでは決してないのだ。だから初めて見た時少し引いた。
揚げ物は豚カツ以外には、エビフライ、鶏唐揚げ。フライはパン粉が細かいコートレット風。それはご飯に乗せて丼はもちろん、カレーにしろ中華にしろ全部のせることができる。
丼はかつ丼など揚げ物の卵とじ、親子丼も提供する。鶏肉があるからだろう。
一日中やってるランチという名の定食にはハンバーグにデミグラスソースがかかり、付け合わせのナポリタンがある。なのでルーツはやっぱり洋食屋だと思う。でも、ラーメンの鶏がらスープをきちんと取っているし、カレーもしっかり煮込んでいる。もちろんデミグラスソースもきちんと仕込んでいる。
一番出るのは中華そばのごはんセット。ご飯とちょっとした洋食小皿が付く。僕はまかないで、いつもかつ入り中華カレーそばのご飯セットを食べていた。
カレー、ラーメン、とんかつ、この三つで組み合わせるというのが面白くて、日本の大衆食堂の一番小さな因子を発見したようで、嬉しくてみんなにしゃべっていた。
どこ行こう。お刺身系はお昼に近江市場で食べたので、肉とか洋食系がいいかな。洋食?金沢って洋食のどんぶりで有名なものがあったよな。
思わずググってみる。「洋食」「金沢」…「ハントンライス」の文字。これだ。思い出した。金沢名物のハントンライス。あわせて出てくる出てくる、洋食屋のリスト。どれも老舗感あってさすが金沢文化は洋食も奥が深そうだ。
その中でトップに出ているのが「グリルオーツキ」。そうそう聞いたことのある名前だ。ページを開くと次から次へとハントンライスの写真が並ぶ。インスタでハントンライスを検索するとこの店の投稿が圧倒的に多い。
コメントによると、ハントンライスの命名の由来はハンガリーのマグロカツのライスということだそう。ハンはハンガリー、トンはマグロのことらしい。
お店に入る。注文したハントンライスが運ばれて来る。写真で見ていた通り、基本の魚と海老のフライをオムライスの上に乗せ、タルタルソースとケチャップをかけたもの。ここのはカジキマグロだそう。
これはものすごくパンと相性いいのではないか。
まずハントンライスを一度要素にバラしてみる。因数分解だ。
上からカジキマグロのフライ、エビフライ、タルタルソース、ケチャップ、オムレツ。
これは?一口食べてみる。ケチャップライスか、チキンは入ってない。玉ねぎだけだね。
それからサラダの付け合わせ。サラダはレタス、千切りキャベツとニンジン、サウザンアイランドのドレッシング。
この一皿のバーガーへの組み立てを空想してみる。
鉄板を熱してバターをチョンチョンと置く。丸く溶けたところにバンズの切り面を置く。少し強めに焼いたら、レタスと千切りキャベツとニンジンを盛って、カジキマグロのフライとエビフライをのせる。タルタルソースとケチャップをかける。バンズで蓋をして出来上がり。
完成だ。さっそく食べてみる。(空想です)
うまいっ!
もともとオリジナルのバーガーのように調和されている。焼けたバンズのカリカリもいい。タルタルとケチャップとカジキマグロフライとの相性も抜群。初めからこの食べ物だったように存在している。ハンガリーにも本当にあるのではないかと思える。
ハントンバーガー、大成功じゃないか。(全て妄想だけど)イメージできた。
いいね。さっそく、トライしてその動画とレシピを公開したいな。お店の人に「丼とバーガー」の企画を話して協力してもらおう。
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