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小説『丼とバーガー』草稿②

金沢②


「パンという共通言語で、世界に日本の食文化を伝えたいのです。」
 熱く語った。グリルオーツキのオーナーも快く撮影に協力してくれた。
 ランチが終わって、ディナーまでのアイドリングタイムに、ハントンライスの調理シーン、ブツ撮り、箸上げ、僕自身の試食レポートを撮影させてもらった。
 僕のカメラはソニーのハンディカム。普通のユーチューバーだと、ルミックスやαなどのミラーレス一眼を使っている人も多いと聞く。それとスマホ。
 スマホの映像も綺麗だけど、撮影している安心感に欠けるし、すぐ置けない。ここは重要。ハンディカムはどこにでも置いて撮影が続けられる。そして何より慣れている。
 バーガーのために、シェフにハントンライスのパーツを作ってもらう。
 カバンの中から折敷の様なプレートを出し、三つの丸皿を正三角形に置く。この三角形は、かのレヴィ=ストロース先生をリスペクトして、「料理の三角形」と呼んでいる。
 これは、三角形の頂点が「生もの」、右の頂点が「腐ったもの(煮物)」、左の頂点が「火にかけたもの(燻製)」と、先生が料理方法を構造的に説明するために図解したものだ。
 右辺は水を媒体にし、左辺は空気を媒体にする。または、右辺は道具を使い文化的、左辺は使わず自然的、などと分析する。だから底辺は、「蒸す」という調理法になる。
 この構造解析を日本料理に当てはめてみたら面白かった。
 懐石料理の基本は、一汁三菜。三菜は、「向付」「椀物」「強肴(焼物)」になる。これが料理の三角形と合致する。向付は生もの、椀物が煮物、強肴が火を入れたもの。三角と三菜が符合するんだ。
 実はこのパターン、いわゆる定食にもそのままあてはまる。
 例えば、鰤の照り焼き定食。定食には何故だか小鉢が2個付いて来る。大体、おひたしと酢の物。向付(生もの)が酢の物、煮物がおひたし、強肴はメインの鰤の照り焼きというわけだ。
 これが、豚の生姜焼き定食では、強肴(火にかけたもの)はもちろん豚の生姜焼き、向付(生もの)はキャベツの千切り、ドレッシングがかかっていたりする。
 じゃあ煮物は?というと付け合わせのポテトサラダということになる。こじつけじゃんという意見もあるとは思うけど、聞いて欲しい。
 ポテサラは、茹でたじゃがいもが熱いうちに潰し、具材とマヨネーズを混ぜて火を入れて一体にする。じゃがいもの熱と水分が、極限まで最少の水で煮るという調理をしている。ね。
 それからどんぶりモノも考えてみた。そうしたら、丼というのは、この定食を一つの丼に盛り込む料理だということではないかと思えた。
 例えばカツ丼。カツ丼はもちろんメインが豚カツ、これが強肴。豚カツを包むのが出汁で煮た玉ねぎと卵。煮物だ。向付は難しいけれど、三つ葉かな。かつ丼に必ずっていいくらい三つ葉が乗っているいることの理由かもしれない。(または、たくわんか。)これも三角形に置けるね。

 ハントンライスのパーツを置いてみる。置き方のルールは料理の三角形に則って、向こうの皿は生もの、右は煮物、左は焼物。
 すると、まず左の皿には、揚げ物でカジキマグロのフライと、焼き物のオムレツ。右の煮物は難しいが、僕はソースがあればそこに置く。ソースは煮込んで作るものだからだ。だから、タルタルソースとトマトケチャップ。
 向こうの側は付け合わせのサラダ、レタスと千切りキャベツとニンジンだ。

 「イメージだと下のバンズに野菜、オムレツ、フライもの、タルタルソースとケチャップをかけてバンズを乗せる、だと思うのですが、どうでしょう?」オーナーシェフに聞く。
 「うーん。それだとケチャップライスの要素が全く無くなっちゃっていますね。あの香ばしさと酸味は欲しいですね。みてて下さい。」
 玉ねぎのをみじん切りにする。バターで炒め始める。ケチャップを絡めて少し炒める。香りが立ったところで取り出して、フライパンを洗い、熱して溶き卵を入れる。そこに先ほどの玉ねぎのケチャップ炒めを挟む様にしてオムレツを作る。ふわふわのオムレツだ。
 「このオムレツにフライを乗せてみて下さい。」
 「あと、下のバンズにサラダのドレッシングを塗ってから野菜を置いたらどうでしょう。酸っぱさが立って全体のバランスがよくなると思います。酸味のバリエーションもケチャップとタルタルに合わさって複雑になる
と思います。」
 なるほど。
 フライパンにバターをちょんちょんと落とし、溶けたところでバンズの切り面を置く。少し強めに焼く。
 下のバンズにサラダのサウザンドレッシングを塗る。レタスとキャベツ、ニンジンを敷いて、作ってもらったオムレツをのせる。タルタルソースとケチャップソースを塗ってこの上にカジキマグロフライと海老フライをのせる。さらに軽くタルタルソースとケチャップソースをかけてフタをする。完成だ。
 カメラをセッティングして試食タイム。
 両手で持って大きく一口。噛む。噛む。噛む。ゴクリ。喉を通して一言。
 「うまいっ!」空想で作ったバーガーをはるかに超えている。
 「魚のフライとオムレツ、生野菜、そして二種類のソースがいっぺんに口の中に入って混じり合っています。ものの見事にハントンライスの世界が口の中に広がっています。それぞれの具材がおいしさを主張していますが、特にオムレツの中の炒めた玉ねぎが効いています。トマトケチャップの味と香りが、子どもの頃にワクワクして行って食べた洋食屋さんのオムライスを思い出させます。あるいは、土曜のお昼にお母さんに作ってもらったオムライス。ただ美味しいだけじゃなくて、懐かしい気持ちにさせてくれます。」などなど。
 バーガーはワンハンドで食べられて、全ての食材をいっぺんに食べられるところが良い。ハンバーガーは口の中で最後の調理をする、という人もいる。それだけに組み立てが大切で難しい、と。シェフのアドバイスはさすが料理人、的を得ている。
 この後、完成したこのハントンバーガーの組み立てからの物撮りをして、編集に入った。

 完成した動画をYouTubeの自分のチャンネル「丼とバーガー」にアップした。動画は2種類、ハントンバーガー開発と試食のレポート動画と調理動画だ。
 数日後、見た人試した人たちからの賞賛のコメントたち。うれしい。うれしい。ん?このコメント…

これってツナのコートレットで、オムレツもタルタルもケチャップも外国産だし、欧米に本当にそのままあるんじゃない?

 正直、愕然とした。今頃?ということだけど、洋食ってそういうものだ。欧米食を日本人の口に合わせてトランスレートしたものだ。それを元に戻しただけだって訳だ。
 かつ丼だって、ヨーロッパのポークコートレットを出汁溶き玉子でとじて、ご飯に乗っけたものだ。
 玉子をブイヨンで溶いたオムレツを作ってカツレツといっしょにパンに挟んだら、そのまんまオムレツカツレツバーガーということか。
 足元が崩れていく音がした。

 しばらく何にもしたくなくなった。飲んでいた。24時間400円のコインパーキングに駐めっぱなしで飲み歩いていた。
 結局企画選考委員に指摘された通りだったってことか。ダメじゃん。
 でも完成したハントンバーガーは商品になるほどの完成度はあったし、何より洋食屋やおふくろ飯の懐かしさを醸し出すという想定外のポイントもあった。
 それからもちろん魚使って他にバーガーができないかと色々考えたんだよ。例えば照り焼き。これもテリヤキバーガーってもう世界中に浸透している。
 天麩羅は、フリッターや油淋鶏、唐揚げを思い出してして、イタリアンじゃん中華じゃんと却下する。

 そんな時に何軒目かに飛び込みで入ったお店、加能まいもん軒。昭和雑貨とポスターとVHSビデオで雑然としているプライベートな自分部屋のような居酒屋だ。
 店主は元北邦新聞の記者で、今は出身地の能登を中心として金沢と能登のうまいものを発信している。具体的には土日祝日はキッチンカー走らせどこかで能登豚のソーセージ焼いたりして販売し、平日はこうして店を開いている。
 僕は最後の能登杜氏の酒を飲み、烏賊の糀漬けや黒作りを肴にしながら、発酵の話を聞く。
 そうか、郷土食、伝統食なんだな。純粋な和食。それを翻訳したらどうだろう。少しやる気のスイッチが入った気がした。
 とりあえず安直だけど、老舗料亭に行こう。行って勉強しよう。

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