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終電を逃した新宿で元カノとシーシャを吸った夜【エッセイ】

失恋の傷心に駆られるほど暇ではない日々だった。

先日は29歳の男性が恋人と別れた記事を書いたところ、たくさんのスキをいただいた。

婚期逃したのは残念に思いながらも、ようやく独り身になれてよかった。しかし、今でも心残りなのが、最後の別れ際に言われた「元気でね」という一言が、2024年に入っていちばん響いた言葉だった。大波が打ち寄せる海辺に立ち尽くしたような気分だった。

東京は1人でも生きていける。と、いうと語弊があるが、人間との関係が経たれるとたまの孤独を感じる。1人でいることに孤独ではないが、関係を築いていた人と交流が経たれることに絶望を感じている。そんな不安を抱えながらも、このご時世ともだちとすぐに会えないわけではないので、人生のいろんなことに妥協しつつ生きていける。

恋人と別れたからこれを機に心機一転と、あまり思わずただ普段通りすごした。

ここでそんな別れた恋人との思い出話を1つ。



天井を見つめて煙を吐く、深夜1時の新宿。その日はひどく寒かった。


僕たちは新宿のゴールデン街で飲み明かしてしまい、終電を逃してしまった。


「あーあ、終電なくなっちゃったね笑」


なんで笑ってそんなこと言っていられるのか不思議だ。そんな彼女が、この後のこと何も考えてない感じに呆れていた。


飲んだくれていた僕はこのあと、どんなやり取りしていたか覚えていないが、彼女は言った。


「じゃあ、シーシャ吸いに行く?」


正直、漫喫かラブホテルで夜を明かすことしか考えてなかった僕は呆気に取られた。というより、その手があったかとむしろ感心してしまった。何も考えてない感じを装ってバッチリこの後の予定立ててくれるやん。やるやん。策士か。


スマホで「新宿 シーシャ屋」と検索し、適当に内観が良さそうなお店に向かうことにした。


どこの道をどのように歩いて行ったのか、今となっては覚えていない。入ったお店はとても薄暗くて、渡されたメニューも読めない。どのフレーバーにしようか決めあぐねていた。いや、正直どのフレーバーがいいかなんてどうでもよかった。夜を明かすために適当に入ったお店なのだから。


店員さんにオススメきいて「じゃあそれで」と適当に決めたフレーバーは少し甘い味がした。


ソファベットでくつろぎながらゆっくりと吸う。天井にむかってゆっくり吐く。ぷかぷかと煙が目に染みる。ここで、飲みすぎたお酒のアルコールが抜けた。ようやくことの重大さに気づく。いい歳して終電逃して、お店で一夜明かすなんて。


このとき、スマホの充電が切れた。しまった。モバイルバッテリーも充電器も持ってきてない。彼女も同様にスマホの充電を切らした。


「あーあ、これは詰んだね笑」


また笑う彼女。なんでやねん。


「はぁ〜〜あ」と深いため息を吐きながら僕はソファベットに寝転ぶ。そしてまたシーシャを吸う。このままだと言霊とやらまでも吐き出されてしまいそうなので、ネガティブなことを考えるのはやめにした。どうせこのまま時間が過ぎるのを待てばいいのだから。


そしてまたシーシャをふかす。


恋人たちはいつものように2人の中に滑り込んでいく。2人だけの世界に僕と彼女がいる。それは淡い色の白みがかったグレーの煙に染まった世界だ。天井にむかって吐く煙が、僕と彼女の世界を包み込んでくれたかのようにぷかぷかと煙が舞う。


はぁ〜〜あ、もうどうでもよくなっちゃった。


そんなこと思いながらまた天井を見つめる。


寒さに耐えかねた僕は店員さんに言ってブランケットを貸し出してもらった。申し訳程度の寒さしのぎにはなったが、東京の夜冷えは身体を蝕む。


そのとき、ブランケットの下から彼女が手を握ってきた。当時、あまり手繋ぎしなかったから突然のことに驚いた。


「どうしたの急に」


「ん?別にいいじゃん」


東京の寒さと同様、彼女の返答は冷ややかで、握ってきた手も冷たかった。


そうか。手を握りたいということに理由なんていらなかったのか。人肌を感じたい。2人の世界を感じたい。普段、体験することのないこの瞬間を2人で味わいたい。そんな現れだったのかもしれない。ここではじめて「なんでもないようなことが幸せだったと思う」と感じたい瞬間だった。いや、別にその彼女とは今でも続いているのだが。


なにかしゃべるわけでもなく、僕と彼女で手をつなぎながら薄暗い店内の天井をただただじっと見つめていた。



ボソッと彼女は言う。



「落ち着くね」



そう言って彼女はまた笑った。今度は僕も笑った。終電逃した罪悪感などすっかり忘れていた。


特別な日だったわけじゃないけど、そういう日があっても良い。可惜夜あらたよ。明けてしまうのが惜しい夜だった。こういう日々の積み重ねが思い出となるのだろう。


恋人との大事な思い出といえば、交際記念日、初デートの日、旅行とかいろいろあると思う。なぜだろう。今でもよく覚えている思い出って意外とこういうしょーもないことの方が多い。


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noruniru
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