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忙しい日は美味い飯でリフレッシュしたい

 九月末は毎年忙しい。「忙しい」なんて自分で言うのも恥ずかしい限りだが、もう吐露しないとやっていけない。逃げ出したい。誰か助けてよ! ねえ!

 最近は昼ご飯を食べない日がちょくちょく出てきたし、夜ごはんも適当に出前を頼んだり、コンビニで済ませている。飯を作る時間さえ確保できないのにnoteを書く時間はあるのかと言われれば返す言葉も無いが、一度仕事から離れてリフレッシュしたい気持ちが溢れ出ている。だから仕方がない。よし、仕事は一回やめよう。仕事なんてくそくらえである。

 どうにか疲弊した精神を回復するため、私は久世福商店に向かった。久世福商店とは簡単に言えば和食版カルディみたいなもので、日本中の調味料や出汁、お菓子等様々な美味しい食品を取り揃えているお店だ。大きなショッピングモールには大抵ある。私はこの店でご飯のお供を買うのが大好きだ。
 店内には何十種類ものご飯のお供が瓶詰めされ、所狭しと並んでいる。今日はこの中から一つだけ選び、それだけで飯をかっくらおう。ささやかな自分へのご褒美だ。最近は土鍋で米を炊くようにしているので、最高のお供と最高の米で美味しさも殊更なはずだ。

 私は今の気分と相談しながら、一瓶一瓶を吟味した。「大人のしゃけめんたい」、「海苔バター」、「七味なめ茸」。どれも美味そうで、全て買ってしまいたい衝動に駆られる。……駄目だ。私は久世福商店と瞬間的に燃え上がる恋をしたいのではなく、長い月日を積み重ね、ゆっくりと愛を育みたいのだ。だから今日は一つだけ。選ばなかった商品は次回の楽しみに取っておこう。
 さらに店内を見回していると、「食べる、すき焼き」と書かれた瓶を見つけた。商品の説明は以下の通りだ。

まるですき焼きの旨味がギュッと凝縮されたような少し濃いめの甘辛い味付けで、ご飯が何杯も進みます。
焼津産鰹節と昆布のだし・濃厚な牛エキスでうまみを、大豆ミートや乾燥えのきを使うことで食感を再現しています。
久世福商店人気の『究極の醤油』を味付に使用しています。

炊きたての熱々ご飯に乗せて食べるのが特におすすめです。
白米に食べるすき焼きをのせ、卵を絡めて、召し上がると本格すき焼き風の味をお楽し頂けると思います。
そのほかにも、冷ややっこやうどんなど、様々な食材との相性も抜群です。
味がしっかりしているのでお酒のおつまみとしてもおすすめです。

久世福商店HPから引用

 こんなもの美味いに決まっている。それにご飯に合うのはもちろんこと、汎用性もある。完璧すぎるじゃん。私が今求めているのは、こういった「濃い醤油」なのだ。疲れた体には塩しかない。明日いくら体が浮腫もうとも、いくら腎臓が悲鳴を上げようとも、今を乗り切るには必要なのだ。甘辛く塩分たっぷりの食品を舌が欲している。
 ただ一つ、どうしても引っかかることがある。名前だ。
 「食べる、すき焼き」ってなんだよ。そりゃすき焼きは食べるだろ。普通のすき焼きも「食べるすき焼き」だよ。食べないすき焼きなんてないよ。
 例えば「飲むヨーグルト」は、本来食べ物であるヨーグルトを飲めるように加工しているから「飲むヨーグルト」であり、「飲む」は一般に浸透している摂取の方法との差異を明確にするために必要な文言だ。「食べるラー油」も同じ法則に則って「食べる」と名称に入っている。
 なのに「食べる、すき焼き」は本来と全く同じ用途にもかかわらず、「食べる」を表記している。意味ないよー。
 まあでも、久世福側の気持ちもわからなくもない。他にも「食べる」を冠した瓶は置いてあったし、そのシリーズの一つとしてすき焼きを出したんだと思う。恐らく開発段階では「食べるすき焼きってちょっと変だけど……まあいいか」みたいな会議もあったことだろうし、その上でまさか「『食べる、すき焼き』ってなんだよ!すき焼きは元から食べるもんだろ!」なんて阿保らしいクレームは入らないだろうと、消費者の性善に頼ったネーミングなのかもしれない。

 もう一つ踏み込んで考えてみると、どうにも読点が気になった。「食べるすき焼き」でいいんじゃないか。何故あえて「食べる、すき焼き」なのか。
 倒置法が使われている可能性もある。そう仮定すると、本来は「すき焼き(を)食べる」となるわけだ。そうなると、この商品名は一気に人の情緒に寄り添う文学的表現ないしは感情を伝えるための文章と捉えられる気がしてきた。

 十年ぶりの実家。トントンと包丁の音が鳴り響く中、リビングのソファに座る。子供のころは毎日みんなでご飯を食べていたこの部屋も、今ではどうにも落ち着かない。「久しぶりにあんたが返ってきたからさ、今日はしゃぶしゃぶかすき焼きにしようと思って。どっちがいい?」と声が聞こえたので、振り向いた。想像よりもずっと丸くて小さい母の背中が見えた。
 そうか、十年も経ったんだ。年をとるに決まってる。母だってそう長くはない。もっと早く帰ってこればよかった。
 そういえば運動会で一等を取った時や、高校に受かった時など、祝いの席では必ずすき焼きだった。煮すぎて、とんでもなく味の濃い牛肉だったけれど、あの時は「こんなに美味しいものがあるのか」と驚いたものだ。
 ……また食べたいな、母さんのすき焼き。
 青年は一つ咳払いをして、言葉をひねり出した。「食べる、すき焼き」

 ……泣ける。ノスタルジックすぎて感動した。そんな思いが詰まってるのかもしれない、「食べる、すき焼き」には。でも注意したいのは「食べる、すき焼き」はすき焼きではない。肉の代わりに大豆が使われているので、似て非なるものだ。(私の脳内で作り上げた)青年にはちゃんとしたすき焼きを食べてほしい。
 というか、倒置法だったとして品名が「すき焼き(を)食べる」なんて書かれていても、こちらからしたら「はあ、そうですか。どうぞどうぞ」となるだけなのでこの線は薄い気がしてきた。

 まあなんか色々考え、疲れてきたので今回は保留にしようと思う。別にネーミングに文句をつけたいわけではないし、自分の中で納得のいく理由を適当につけられたらまた購入しよう。
 私は一番気になっていた「食べる、だし醤油」を手にして、店を出た。美味かったので是非。(私の一番のおすすめは「ねばねば昆布 わさび」です)



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のろのろな野呂
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