お手伝いしますか?
心通う出会い
小田急線のとある駅のホームに降りたのは土曜日の18時過ぎだったろうか。ふと私の左方視界に白杖の先が見えた。
私よりもホーム寄りだったので咄嗟にそう言ったら
「お願いします」という可愛らしい声が返ってきた。
私の声は年齢よりも若く聞こえるかもしれないが、それでも男性の声には
違いない。しかし、20歳前後と思われる彼女は躊躇なくそう答えたのだ。
そのとき私のやや後ろには妻が歩いていたのだが、もちろんそれは彼女には分からない。曲げた私の肘に腕を絡めながらホーム中ほどの階段まで
ゆっくりと歩く。「いつもより前に乗ってしまって」と彼女は言ったが、
それで心細かったのだろうか。「エレベーターがあったんじゃない?」と、ようやく妻が私と彼女の二人の関係に加わり、私はややホッとした。
困っていたとはいえ、見ず知らずの男に導かれているのは嫌な気分ではないだろうか、と内心、心配しながら歩いていたからだ。
エレベーターを断った彼女に「ここから階段です」と教え、改札口の位置を伝え、我々は改札を出た。目の前には小田急線沿線に多店舗展開するパンのチェーン店があるのだが、「ここで買い物をしていきます」と言う彼女に、妻が「それじゃあ、一緒に入ろう」と言いながら今度は彼女をリードする。私一人では到底そこまで手伝う勇気はない、何せ相手は若き女性だ。
「マフィンを買いたい」と言う彼女に、妻は手際よく品名を訊いてトレーに取り、列に並ぶ。
私は流れる時間のなかで
「今日どこかにお出かけ?」と
訊くと、
「サンリオピューロランドに行ってきました」と
彼女は答える。
私は、何度か乗り換えた「小田急多摩センター」駅を思い浮かべながら
「雨は大丈夫だった?」などと訊くうち、レジの順番が来て買い物が
終わり、バス停の列まで案内して別れた。
バリアフリーな日常へ
実は紹介した会話のほかに私は、「視力がこちらには分からないから、
声をかけても断られることが多いんだよね」と言ったのだが、彼女は彼女で「視力が普通にあると思われるんです」と大きな黒い目をこちらに
向けながら言った。
白杖を持っていても、こちらが急いでいるときは声をかけられないし、
自分が知らない町や駅では案内できないから積極的にはなれない。
だから私が「お手伝いしますか?」と声をかける割合はそれほど多くはないのだが、9割は「いえ結構です」と言われる(もちろんそれは全く構わない)。
いま振り返っても、今回くらいたくさん話しながらサポートしたのは、
JR「五反田」駅前で声をかけて、私は知らなかったスープカレーの店まで
歩いたときと、東急田園都市線「渋谷」駅ホームで白杖を壁にぶつけている姿を見て「マークシティ」方面の出口まで案内したときの2度しか
思い出せず、もちろん両方とも男性だった。
ちなみにスープカレーの店の場所は、彼の案内で私が車や人を
よけつつ歩いたという不思議な経験もした。
そしていずれも直前まで他人だった人と、
腕を組んで世間話をしながら歩くという経験をした訳だが、
私はそこで、健常者が大手を振って歩くこの社会で、同じように
情報収集しつつ暮らす目の不自由な方々の普通の日常とクロスした。
もっとバリアフリーに、二つの日常が一つになればいい。
そんなことを言っておいて、
時間がないときは声もかけなくてごめんなさい。
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