刑務所は犯罪抑止にならない。海外で起こる「刑罰→リハビリ」へのシフト【ポッドキャスト番組『グローバル・インサイト』文字起こし】
海外のトレンド、若者の間で生まれる新しい価値観を、各国で暮らす編集者・ライターがお届けするポッドキャスト番組『グローバル・インサイト』。この番組ではリスナーからの反響が大きかった人気エピソードの文字起こしをnoteで配信しています。
今回は『刑務所は犯罪抑止にならない。海外で起こる「刑罰→リハビリ」へのシフト』の回を文字起こししました。
刑務所に服役する人口が増加傾向にある中、「刑務所のあり方」が今問われています。「服役」という手段が犯罪者の更正、犯罪抑止に本当につながっているのか、と。
実際、旧来の服役とは違った考えや方法で、たしかな成果を挙げる国が現れ始めています。今回はそうした事例から、現代における刑務所の存在意義、犯罪減少に結びつく新たなアプローチを考えます(出演:岡徳之 / 写真:Street & Arrow on Facebook)。
収監は犯罪抑止につながらない、むしろ増えるケースも
突然ですが、問題です。世界中でどのくらいの数の人が、刑務所で服役中かご存知でしょうか?
答えは、1000万人以上。これは、2019年初頭時点での数なんですが、その数はおおむね増加傾向で、2000年から2015年の15年間で、オセアニアで59%、アメリカで41%、アジアで29%、そして、アフリカで15%、増加したと言われています。
となると、刑務所への収監にかかる費用もその分かさむわけですが、例えば、
・アメリカ:刑務所、拘置所、仮釈放、保護観察などに年間約8兆8230億円
・イギリス:2017~2018年に刑務所に約6270億円
・オーストラリア:刑事司法制度に年間約1兆7528億円
が投じられているそうです。
では、そんな巨額の費用に見合った成果は出ているのか?というと、アメリカのヴェラ司法研究所が2000年から2017年に行った調査によると、収監率の増加は凶悪犯罪に影響を与えていない、つまり、収監が犯罪抑止につながっていない、むしろ増えるケースもあるということが明らかになりました。
その調査報告書では、収監が唯一、抑止効果を上げているのは窃盗犯罪で、その他の犯罪が減少している要因は、高齢化、賃金の上昇、雇用の増加、警察当局の担当者の増加などで、収監とは大きな関連性はないとされているんです。
実際、再犯率を見てみると、アメリカでは、出所してから3年以内に再逮捕される割合は68%、イギリスやウェールズでは、66%が出所して1年以内に違う犯罪で再逮捕されるそうです。
刑務所といえば、犯罪に手を染めた人が刑罰を受ける場所、出所後に再犯を起こさないように更生させる役割があります。しかし、この報告書の内容を踏まえると、従来の収監というシステム、刑務所のあり方に、一度疑問の目を向けるべきなのかもしれません。
スコットランド:暴力を“病気”としてとらえる
そんな中、ユニークな施策で収監率を下げることに成功した2つの国があります。一つは、スコットランドです。
スコットランドは2005年ごろ、国連のレポートで「先進国でもっとも暴力的な国」、最大の都市グラスゴーにいたっては、WHOから「ヨーロッパにおける殺人の都」という、不名誉な名称を与えられていました。
実際、当時、スコットランドにおける殺人発生率は、年間10万人当たり2.33件。イギリス・ウェールズが0.7件、イタリアが0.96件、ドイツが0.68件なので、スコットランドの殺人発生率が格段に高いことが分かります。
これは、主にドラックとアルコールに起因するケースが多く、また、若い人がナイフを所持する文化があることも影響しているそうです。
この事態を重く見たスコットランド政府は2005年、暴力抑止部隊「VRU」を立ち上げました。
スコットランド警察とパートナーシップを組み、法のもとで裁くだけではなく、暴力を“病気”としてとらえ、根本的な原因を分析し、解決策を生み出すことにしたんです。
具体的には、医療関係者を中心に暴力防止に取り組む団体や、犯罪歴をもつ人びとの雇用を創出する団体、暴力の犠牲となった患者と関わることで暴力のサイクルを断ち切る組織などと連携したり。
さらに、犯罪に手を染めた人にメンターをつけて、フードトラックで一年間雇用するプログラムを実施したり。同時に、特定のナイフを所持したことによる刑期を、4カ月間から平均13カ月間と厳しくしたりもしました。
その結果、スコットランドでは、以前、2006年からの5年間で40人の子どもや未成年が命を失っていたのが、2011年からの5年間では、それが8人に。ナイフ犯罪も2006年からの約10年間で69%減ったそうです。
フィンランド:オープン・プリズン(開放刑務所)
もう一つの国が、フィンランド。フィンランドは「オープン・プリズン」、つまり、「開放刑務所」を早くから導入して、成果を上げています。
そのオープン・プリズンは、ユネスコの世界遺産にも登録されているスオメリンナ要塞にあるのですが、そこでは、囚人服もなく、24時間監視下に置かれることもありません。
服役者にはシングルルームが与えられて、共同のキッチン、トイレ、シャワーやサウナもあり、ラウンジエリアにはテレビ、屋外にはバーベキュー設備もあります。
また、外に出て、働いて賃金を得て、街で買い物もして、短い休暇も取ることができますし、携帯電話を持ったり、助成金をもらって大学で学ぶこともできます。
さらに、世界遺産にあるということで、建物や道路の修復を行う囚人と観光客がすれ違うことさえあります。
またもう一つ、フィンランドのケラヴァという街にあるオープン・プリズンでは、敷地内にあるグリーンハウスで作物の栽培や、ウサギなど小動物を飼育し、年に一回、コミュニティーに開放して、育てた作物や動物を販売したりもしています。
実は、フィンランドも、かつてはヨーロッパで犯罪率が高い国だったんです。
しかし、1960年代に収監と犯罪の関係性を調査したところ、収監は犯罪の抑止にならないという結論を得て、オープン・プリズンを導入していきました。
フィンランドの服役者の1/3がオープン・プリズンで服役しており、結果、ここで過ごした人が再逮捕されることは少なく、再犯率も20%近く低下したそう。
また、費用の面でも有効に働いていて、監視システムや人員を減らすことで、一人の服役者にかけるコストを1/3にまでカット。
刑務所と隣り合わせで住んでいる住民たちも、「彼らのおかげで歴史的建造物の修復が進んだり、公共の場所をきれいに保つことができている」と理解を示しています。
ただし、フィンランドは脱獄率が高い国という評価もあるので、この仕組みがどの国でも貢献できるかは分かりません。
犯罪抑止には技術とヒトの両輪が必要
さて、最近はAIの導入で犯罪防止に取り組む傾向も増えてきています。
例えば、アメリカのシカゴ市警は、過去のデータを深層学習させて、犯罪のタイプ、時間、日付、場所などを予測する犯罪予測プログラムを導入することで、実際に発砲事件や殺人事件を減少させています。
AIのように、機械にしかできない技術を採用する一方で、スコットランドやフィンランドは、人対人の血の通った対策を講じています。
ですから、犯罪や暴力には、技術とヒトの両輪で立ち向かうことが大切。
そして、罪を犯した人に刑罰を与え、自由を奪い、劣悪な環境の下に服役させるという手段は、少なくとも現代においては万能ではないのかもしれません。
編集者/Livit代表 岡徳之
2009年慶應義塾大学経済学部を卒業後、PR会社に入社。2011年に独立し、ライターとしてのキャリアを歩み始める。その後、記事執筆の分野をビジネス、テクノロジー、マーケティングへと広げ、企業のオウンドメディア運営にも従事。2013年シンガポールに進出。事業拡大にともない、専属ライターの採用、海外在住ライターのネットワーキングを開始。2015年オランダに進出。現在はアムステルダムを拠点に活動。これまで「東洋経済オンライン」や「NewsPicks」など有力メディア約30媒体で連載を担当。共著に『ミレニアル・Z世代の「新」価値観』『フューチャーリテール ~欧米の最新事例から紐解く、未来の小売体験~』。ポッドキャスト『グローバル・インサイト』『海外移住家族の夫婦会議』。