
エッセイ いい子ぶるのは苦手さ。
1976年制作の映画『あにいもうと』(室生犀星原作)で非常に印象に残っていることがある。私の解釈違い、記憶違いであったらご容赦願いたい。
未婚で妊娠して帰郷してきた妹を兄が激しく叱責する。暴力こそ振るわなかったと思うが、言葉による暴力を容赦なく浴びせ続けた。本来、妹思いの優しい兄であった。
躾に厳しい父親のお株を奪った格好であった。兄の怒り狂う様を見て逆に父親が、「何もそこまで言わなくても・・・。」と兄をたしなめ、妹に同情するほどであった。
まさにそこが兄の狙いであった。男に捨てられ傷ついて帰ってきた妹。親からも叱られ、冷たくされたら、身の置き場がなくなってしまう。自分が憎まれ役になれば、妹が両親からの愛情を繋ぎとめることができるかもしれない。不器用な兄の精一杯の逆愛情表現であったのだ。
トランプ大統領とゼレンスキー大統領による米ウ首脳会談が決裂した。ゼレンスキーへの同情、トランプへの非難が巻き起こった。
それはそれでよかったと思う。お互いの本音をまずはぶつけ合って、きれいごとで終わらせない方がいい。トランプとプーチンが案外うまく話し合いができるのは、保守的であるというお互いの立ち位置が似ているからであり、一方、ゼレンスキーは国際協調を主張する立場だから、トランプとぶつかり合って当然なのだ。
トランプは三者の立場の違いを考え、プーチンとゼレンスキーの仲裁としようとしている。そして両者の言い分を聞き、さらにそこに自分の言い分も加えようとしている。つまり、アメリカが単なる仲裁役でなく、その見返りを要求することによって、「アメリカさんのお蔭」と感謝されないようにしている。感謝すれば、相手は今後アメリカに頭が上がらなくなる。今後も対等の関係でい続けるためには、「恩」を売らない方がいい。ビジネスで仲裁役をやっているだけだとお互いに割り切ってしまった方がいい。
さらに、トランプはヨーロッパの一部であるウクライナをヨーロッパがもっと援助するべきだと考えている。戦争支援というのではなく、停戦、終戦に向けての仲裁役を本来ならヨーロッパがするべきだと考えている。そのためにわざと憎まれ役を買って出た。そう、『あにいもうと』の兄のように。そうすればヨーロッパという「親」からの愛情をウクライナが得られるだろうと考えて。
そんないい人間じゃないという声も聞こえそうだが、私は信じたい。アメリカの半分以上の有権者が選んだ大統領が、世界中から軽蔑されるような人間ではないことを。