企業価値の源泉(マーク・ハード&ラーズ・ナイバーグ)
コスト削減
(p25より引用) 広範なコスト削減は、それ自体の目的からして、良くても短期的な対応にしかならず、最終的には企業の空洞化をもたらす可能性がある。代わりに、賢いリーダというのは投資対効果を一つずつ評価し、最も見込みが低い投資対象から外していく。健全な投資対効果を維持していくためには持続的なイノベーションが必要なのであって、十把ひとからげのコスト削減ではない。
著者のマーク・ハード氏は執筆当時はNCRのCEOでしたが、現在はフィオリーナ氏の後任としてHPのCEOに就任しました。
上記の見解は彼の著作部分かどうかはわかりませんがまさに王道であり、同じような趣旨のことをウェルチ氏(元GEのCEO)も著作の中で以下のように述べています。(この部分は以前にも紹介しました)
(p198より引用) 愚か者でも長期か短期かのどちらか一方なら何とかできる。将来を犠牲にしてコストを削減すれば、四半期か1年、あるいは2年間、利益を出せる。将来を夢見て、短期的利益を出さないのはもっと簡単だ。すぐれた経営者は、両者のバランスをとる。
誰が考えてもそのとおりだと思うのですが、なぜか実際の企業の現場ではしばしば「一律○○」という指示にお目にかかります。OH(オーバーヘッド)機能の無能をさらけ出している指示ですが、現場も適当にあしらっているのが現状でしょう。結局、結果的には何のgovernanceも効いていないことになります。
CRMのSTEP
あることを達成するための適切なSTEP論は、プロセスを整理するうえでも、達成状況を把握するためにも有効です。数年前からマーケティング上の流行のコンセプトとしてCRM(Customer Relationship Management)がありますが、その構築にあたってのSTEPの一例です。
(p94より引用) 顧客と学習していく関係を築くために
識別する
各顧客をすべての接点で識別し、・・・それぞれの顧客とのすべてのやりとり、および全取引データをリンクさせる
区別する
各々の顧客を、その企業にとっての現在の価値と潜在的価値、また各々の顧客がその企業に対して持つニーズによって、他の顧客と区別する
交流する
カスタマイズする
「識別」と「区別」といった「一見似ていそうで異なるコンセプトを表す単語」を使ってSTEPを規定しているところが秀逸です。
そして、次に必要になるのが、「識別」するための情報であり、「区別するためのメルクマール」です。実はこれらも一筋縄ではいきません。有意な水準にまで高める努力と、100%を目指さない限界効用の見極めが肝になります。
CRMの盲点
(p101より引用) 従来の商品にフォーカスしたダイレクトメール・キャンペーンでは2%の反応率が得られるかもしれない。しかし、もっと重要でありながら一般的に無視されている統計値が、80%の「反感」率である。適切に的が定められていないマーケティングは、実際のところ顧客との関係を損ねてしまうかもしれないのだ。
ある施策が効果を挙げた場合、そのプラス面ばかりに目がいってしまいます。が、一歩下がって全体を俯瞰し残りの部分についても意識して見ることも重要です。
表と裏、一部と残り、というように逆方向から見ることにより、新たな課題に気づいたり全体最適に近づいたりすることができます。
(p116より引用) コミュニケーション戦略は顧客との対話である。ひとり言ではない。・・・マーケティングのためのマーケティングは、顧客リレーションシップ戦略ではない。無理に聞かされる聴衆にとっては、なんのためにもならない独白である。顧客とのコンタクトがいつもアップセルやクロスセルの話だったら、それはリレーションシップの構築などではない。顧客に「特別提供」を連打することは、顧客の苛立ちをもたらす可能性の方が高い。
耳に痛い話ですが、けだし正論です。
(p124より引用) 実用的な情報+ターゲットを絞ったマーケティング・コミュニケーション=より高い獲得率+低コスト+反感率の低下=価値の向上
データベースマーケティング手法を駆使し精緻に絞り込んだターゲットであったとしても、100発100中はあり得ません。勧奨が功を奏して喜ばれるのは多くても数%の顧客に過ぎず、残りの大半の顧客には、満足感以外の何らかの気持ちを残すことになります。
ここでの盲点は、どんな優れたCRM施策であっても顧客の「反感を生む」可能性があるということです。
この本は、データウェアハウスシステムで最大手であるNCR社のCEO(当時)の著作なのでデータベースマーケティングの有効性をアピールした内容であることは当然ですが、多種多様な企業における具体的な実例を豊富に示してくれています。このため、データの具体的活用シーンをリアルにイメージすることができます。
今が良くても
(p110より引用) 多くの企業は「十分」やっている。・・・なぜ変わる必要があるのだろうか?過去の実績は将来の成功を保証するものではないのだ。自己満足した企業は発展しない。継続的に向上することに全力で取り組むことが、結局成功するための唯一の方法なのだ。変革という仕事に終わりはない。成功する変革とは必然的に、既存のイニシアチブを測定し、収益性のない戦略を放棄し、新しいプロジェクトを試行するという微調整の継続的なプロジェクトになる。またそれこそが、今日の市場にあって、リーダーとしての我々の仕事を面白いものに保ち続けてくれるのだ。
変革し続けることの重要性については、いろいろな形で言われ続けています。
GEのジャック・ウェルチ氏も著書「わが経営」の中で同じようなことを言っています。
(p175より引用) 今日でさえ、こんな馬鹿げた言い方を耳にすることがある。「利益は出ている。いったい何が問題なんだ」場合によっては大いに問題だ。長期的な競争戦略がなければ、その事業が破綻するのは単なる時間の問題にすぎない。
また、IT企業の日本ユニシス社がイニシアティブをとってまとめた「『価値組』未来企業へのシナリオ(監修:島田 精一)」という本の中にも以下のような記述があります。
(p79より引用) 過去のニーズを捉えたマーケットリーダーといえども継続的にリーダーである保証は何もない。ダーウィンの『進化論』との絡みで引き合いに出されるフレーズに「生き残るのは、強いものでも頭の良いものでもない。変化に対応できるもの」というのがあるが、変化を前提とした企業活動が極めて重要になるといえる。
安住の中での感覚の麻痺は、よほど意識しないとその罠に陥ってしまうのでしょう。よく言われる「ゆでがえる現象」です。
〔ノエル・ティシュ(ミシガン大学経済学者)の話〕
昔、高校の生物時間に実験したように、カエルを水の入った鍋にいれ、徐々に加熱してゆくと約12分でゆであがり「ゆでがえる(boiled frog)」になります。ところが沸騰したお湯の中にカエルを入れると飛び上がって逃げてしまいます。
カエルを熱いお湯に入れると、ビックリして飛び跳ねて命が救われるのに、水の状態から入れてその水を温めていくと、カエルはその変化に気付けず、やがてゆであがって命を落としてしまう。
緩やかな状況の変化は気づきにくいものです。それが望ましい環境下であればなおさらです。しかしながら、その変化を正確に把握しそれに対するアクションを先取りしていくべきとの教訓です。
ただ、これは難しい。簡単にできるのであればこれほどいろいろな人がいろいろな場で指摘することはないでしょう。
どうやったら、好調の波の中でほんのわずかな変化の予兆を感じ取ることができるのでしょう。これは、まさに最近私が最も気にしているテーマ「『what』の気づき」です。
情報を活かすのは、結局は「人」
(p120より引用) この大手銀行は単に、適切な情報を適切な人物に与えるために必要なインフラを備えているだけではない。その情報に基づいて行動するように従業員を訓練しているのだ。これは、同行が業界のリーダーでいられる一つの重要な要因となっている。
お客様と直接接触する場では、システムは所詮道具に過ぎません。最終的には道具を十分に使いこなせるかどうか・・・結局は「人」の問題です。(「使いこなす」というのは「能力」の問題でもありますが、むしろ、使ってよりよいパフォーマンスをあげようという「意思」の方が重要です)
そういう人はどうしたら育つのでしょう。
ひとつには、その人のもっている前向きの姿勢であり、ひとつには、上司の支援です。
まずはその人が一所懸命になれるものに取り組めているか、自分の仕事にやりがいを感じているかが最低限の条件です。
そういう気持ちで取り組んでいれば、上司は、後ろちょっと押してあげる、前の障害物をちょっと取り除いてあげるだけで人は伸びます。やる気とポテンシャルのある人材は、環境さえ追い風になれば、自分でどんどん成長していくものです。
(「夢を力に」(本田宗一郎)p237-238より引用) “惚れて通えば千里も一里”という諺がある。それくらい時間を超越し、自分の好きなものに打ち込めるようになったら、こんな楽しい人生はないんじゃないかな。そうなるには、一人ひとりが、自分の得手不得手を包み隠さず、ハッキリ表明する。石は石でいいんですよ。ダイヤはダイヤでいいんです。そして、監督者は部下の得意なものを早くつかんで、伸ばしてやる、適材適所へ配置してやる。そうなりゃ、石もダイヤもみんなほんとうの宝になるよ。(1962年)
そういう意味では、最も大事なのは、そして今最も欠けているのは、人材を育てようという「管理者の強い意思」かもしれません。
人材を「人財」として羽ばたかせることは実は結構大変です。適材適所と簡単に言いますが、通常の企業ではそんなに簡単に人の異動ができるものではありません。人が動かせないのであれば、仕事を変えるという手もあります。上司が積極的にどんどん新しい仕事をもってきて、これはというメンバに取り組ませるのです。
待っていてなんとなく良くなるということは、今のご時世、絶対に有り得ません。ともかく動き続けていれば、上司も成長しますし部下も伸びるのです。
Real-Time Management
(p132より引用) 顧客保持の戦いはイベント駆動型のものであり、迅速で的確な反応が要求される。・・・たとえば、ワイヤレス電話の解約。もしそのワイヤレス電話会社が顧客の意思を変えたいならば、24時間以内にコンタクトをとらなければならない。・・・感化される可能性のある顧客全ての内四分の三が、解約をした後の最初の24時間以内に感化を受けるのである。48時間後以降は、コンタクトしてもほとんど意味がない。・・・多くの企業が好むもう一つの顧客保持のアプローチは、よりきっちりと顧客を企業に縛り付けるために計画されたロイヤルティ・プログラム、もしくは特典プログラムと言われるものである。
CRM(Customer Relationship Management)の中での customer retention施策についてです。
前者は、「刺激・反応(stimulation→reaction)型」、後者は、「計画・実行(plan→action)型」です。
計画・実行型は、従来から結構慣れ親しんだ行動様式で、「PDCA」(http://www.atmarkit.co.jp/aig/04biz/pdca.html)とか「PDS」といったマネジメント手法としても身近なものです。
他方、「刺激→反応」というとあまり良いイメージはありませんでした。ある外部からの刺激を受けると何も考えずに短絡的に軽率な行動を起こしてしまう、これではダメ・・・という論調です。
ただ、アクションまでの間に時間的な余裕がある場合ならともかく、今日のように、何か起こったとき即座の対応がないと後手を踏んで致命的になる場合や、じっくりと計画を立てても環境の変化が速くかつ大きすぎて(計画自体が)すぐに陳腐化してしまうような場合は、「刺激に対して『的確に』反応すること」が重要になります。
Real-time Managementを目指すかどうかは、この「刺激・反応(stimulation→reaction)型」の行動様式をどれだけ重視するかによるのです。
引用の最初の例では「刺激」は「解約情報」です。この刺激を受けて電話会社は「反応」し、顧客に対して24時間以内に「コンタクト」するという図式です。
この例では「解約情報(=刺激)を受けてから24時間以内」という即時性がポイントになります。スタートは「刺激の感知」です。「刺激=解約情報」は、明確にお客様から企業に対して意思表示(解約の申し出)があるわけですから、それをリアルタイムに感知するのは簡単だと思うかもしれません。が、現実はそうでもないのです。
受付システムの処理がバッチ型になっていると折角の情報がシステム内で一晩寝ることになるかもしれません。また、解約情報が代理店でも受け付けられるのあれば、代理店からの連絡手段がリアルタイム型でないと(電話会社としては)即座には感知できません。
このようにReal-time Managementを本気で志向するのであれば、関係プロセス全ての見直しとそれを前提に具現化されたリアルタイム志向のIT(Information Technology)基盤整備が必要不可欠になります。
(Real-time Managementを志向したIT基盤の実例としては、NTT DoCoMoのDREAMS(DoCoMo REAl-time Management System)が挙げられます)http://www.atmarkit.co.jp/fbiz/casestudies/20030726/docomo.html
最後に1点、注意ですが、今まで「刺激・反応(stimulation→reaction)型」と「計画・実行(plan→action)型」を対立概念のように書いてきましたが、必ずしもそうではありません。
刺激・反応型は、計画・実行型を極めて短いサイクルで回しているという側面もあるのです。
これもReal-time Management を志向したIT基盤の具体的な実現機能のひとつです。すなわち、関連プロセスをシステム的に密結合にし、その中の情報の流れを高速化させるのです。