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失敗を生かす仕事術(畑村 洋太郎)

失敗を生かす上位概念化

(p68より引用) ここで出てくる大切な考え方は、一般化した知識をもとに「上位概念」(メタコンセプト)に上るということです。・・・ロケットの技術者に欠けていたのは、自分たちの分野の研究ではなく、たとえば自動車という人間の生活に非常に近い、長年の高度な知識の集積が見られる分野からの「知識の移転」(水平法)だったのです。・・・
 この話は私たちに広い視野を持つことの大切さを教えると同時に、ある失敗から得た教訓は、それをしっかり知識化し、その知識を一般化することではじめて、まったく別の世界でも使える幅の広いものになるということを示しています。

 「水平法」というのは、他分野の知識を自分の分野に当てはめる(その逆も)ということです。その「当てはめる」際の具体的な工夫のひとつが「上位概念化」です。
 扱う対象が異なると、他の失敗事例がそのままの平行移動的な形で当てはめられるとは限りません。ひとつの具体的事例からの教訓を、一段階高い俯瞰できる立ち位置に持ち上げて一般化・抽象化することにより、その適用範囲を広げるのです。

(p70より引用) これを「自動車工場のある失敗」と限定的にとらえるのではなく、たとえば「熱による影響と失敗」というもうひとつ上位の概念に上ってみると、H2ロケットへの応用だけでなく、たとえば「台所でガスコンロに火をつけて作業をしているときだって、注意しなければならないことはたくさんある」という発想にもつなげることができます。

 折角の過去の教訓(失敗事例)があっても、それに気がつかないとなんともしようがありません。ただ、「気がつかなかったからしようがない」では済まされない時代です。

 「気がつきにくい」のなら「気づきやすくする」具体的な手を打たなくてはなりません。その一つが「上位概念化」による教訓の汎用化ですし、それらの教訓のデータベース化によるナレッジ共有の仕掛けも有効な道具立てにはなります。

 ただ、それらも「気づこうとする意思」がなければ“豚に真珠”ですし、「活かそうとする意志」がなければ“宝の持ち腐れ”です。
 最も大事なことは、「同じ失敗は決して繰り返したくない」という強い気持ちだと思います。

失敗の確率・失敗の期待値

(p105より引用) 労働災害の世界には、災害が発生する確率を経験則から導き出した「ハインリッヒの法則」というものがあります。一件の重大災害の裏には二十九件のかすり傷程度の軽災害があり、さらにその裏にはケガまではいたらなくても三百件の「ひやっとした体験」が存在しているという考え方です。・・・
 ハインリッヒの法則は、失敗がある一定の法則で起こる確率現象であることを私たちに教えています。また、表面的には成功しているように見えるときでも、その裏で失敗の準備が着々と進んでいるという恐ろしい現実があることも伝えています。その中には、一度発生すると、再起不能の状態に追い込んでしまうような、致命的なダメージを与える危険な失敗が潜んでいることもあるかもしれません。

 この点に関しては、単なる「確率」論だけではなく「期待値(生じた影響×確率)」的な発想も必要です。
 最近起こった「株式売買誤発注(東証マザーズ市場に上場したジェイコム株をみずほ証券が誤発注した件)」でも、生じた事象は簡略化して言えば、「『A』と入力すべきところを『B』と入力した」ということです。(たまたま?)その『A』が『1株61万円』で、『B』が『61万株1円』であった結果、損害はとんでもないことになったわけです。
 このケース、(こまかく言えば違いますが、)『B』を『1株60万円』としてしまう確率と理屈上は大差はないはずですが、結果は天と地ほどの差がついてしまうのです。まさに、その点だけとらえれば、運不運の部分もかなりあります。

 コンピュータシステムのトラブルも同じようなことが言えます。不具合の生じる確率は大差なくても(たとえば、不注意による単純なプログラムミスであっても)そのミスのロジックの場所によっては、発生する事象は大きく異なるのです。

プロセスの単線化の弊害

 最近はIT業界を中心に多くのベンチャー企業が登場し、そのいくつかの企業は新たな業界のリーダとなりつつあります。
 従来型の企業もその新たな流れへの対応にチャレンジしていますが、他方、従前からのキャッシュカウとしての成熟市場の延命にも努めています。その代表的な取り組みが「標準化による効率化」です。

(p171より引用) どんな組織も、萌芽期から発展期、成熟期、衰退期への流れを必ず辿ります。・・・
 成熟期は、こうして残ったメインルート以外の選択肢が切り捨てられていく段階です。完成した組織は、もはやそれ以上の試行錯誤を行わなくても、運営を続けていく上でこれといった不都合もありません。・・・
 この成熟期には大きな落とし穴があります。マニュアル化が「融通の利かない管理」になりがちな点です。メインルートのみを通ることを求め、「やってはいけない」「試してはいけない」「余計なことを考えてはいけない」という制約が与えられると、作業は効率化されていく一方で、選択肢をせばめられたことによる弊害が必ず現れるのです。

 「マニュアル化」は徹底すればするほど、「自分の頭で考えることを否定」します。

(p174より引用) 仮にこの段階で予期せぬ事態が生じたとすれば、せまい知識しか持たない現場の人間、管理者が誤判断を起こしたり、思考停止状態になってうまく対応できないということが当然起こります。これが衰退期へ向かう流れで、小さな失敗が放置された結果、やがては取り返しのつかない大失敗が起こるというパターンに陥るのです。

 このような細胞硬化がおこることを防ぎ、より積極的にプロセスの進化を進める具体的アクションが、トヨタでいえば「カイゼン」であり、GEでは「ワークアウト」です。

(p178より引用) 管理強化が失敗回避の切り札になり得ないのは明らかで、失敗を生かす組織運営を実現するには、こうした手っ取り早い手法に頼るのではなく、たとえ時間や手間はかかるにしても、ひとりひとりの失敗適応能力をアップさせるような方法も並行して取り入れていくべきなのです。

 現代社会で見られる失敗の根源的背景について、著者は次のように語っています。

(p21より引用) 社会の要求がすでに別のところにあるのに、それを見ようとしないで従来型のことしかやろうとしないおかしさも、いまや日本中の組織に共通している問題です。



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