言語学のレポートの書き方
この記事は、書式などの形式的な側面を中心に、言語学のレポートの書き方について解説しています。
もともとは、私の授業でレポートを書く人に向けて、あるいは私の指導学生に対して、授業や論文指導の場で言及してきたことです。
その意味では私の授業を受けている人のためのものではあります。
そうではあるものの、もしかしたら、言語学を勉強している人や言語学を教えている人の参考になるかもしれません。
そう思ったので、ここで公開します。
もちろん私の授業を履修している人はしっかりと読んで良いレポートを書いてください。
言語学のレポートは形から入る
この記事では、言語学のレポートをどう書くかについていくつかのコツを紹介します。
「言語学のレポートをどう書くか」といっても、内容についてはあまり踏み込まず、書式などの形式的な側面に特化して解説します。
というのも、レポートの内容に関するアドバイスはレポート課題によって変わってくると思いますが、形式的な方針というのはどういうレポート課題であろうと同じものだからです。
さらにいえば、レポートは、その内容については新規性を求められますが、形式については保守的である必要があります。
内容は課題によってさまざまな工夫が必要ですが、形式についてはいつも同じでかまいません。むしろその方が評価されます。
その不変の基本をここでは解説します。
そのような基本ができていると、どのような内容のレポートでも対応できますし、(卒業) 論文を書くときにも役立つはずです。
実際、今回紹介するポイントは論文を書くときにもほぼそのまま使えるものばかりです。
前置きはそのくらいにして、この記事では特に以下の形式的なポイントを紹介します。
日本言語学会予稿集原稿作成要項に従ったレイアウト・分量にする
ありふれたわかりやすい構成にする
証拠をサポートするための言語データ (「例文」) を提示する
Leipzig Glossing Rules に則って言語データの例文番号とグロス、略号一覧をつける
Unified Style Sheet for Linguistics に則って参考文献を示す
それぞれ以下で見ていくようにしましょう。
追記
この記事は、もともとは、私の授業を履修している人むけに期末レポートの書き方の指示のつもりで準備したものでした。
しかし、もしかしたら私の授業に出てない人のレポート執筆や、もしかすると論文執筆にも役に立つかもしれないということで、公開します。
お役に立てば幸いです。
私の授業でレポートを提出するみなさんは、少なくともこれらの点はクリアして提出するようにしてくださいね。
レイアウト・分量は日本言語学会の予稿集と同じで
私の授業では、レポートの分量とレイアウトは日本言語学会の予稿集原稿作成要項に従ってもらっています。
具体的には、日本言語学会の「予稿集原稿作成要項(採用者のみ)」を参照して、これに沿ったレイアウトで書くようにしてもらっています。
分量も予稿集原稿作成要項に従う
レポートの分量も、この予稿集原稿作成要項に従って、A4用紙で7ページ (以内) としています。
絶対的な基準ではないのですが、できるだけこのページ数を守って欲しいと思っています。
少しだけならページ数の超過は問題ありませんが、7ページという限られた紙幅で議論を展開するスキルも大切です。
一方で、ページ数が7ページ未満でも大丈夫ですが、議論が尽くされていない場合には評価が低くなる可能性があります。
なぜ「予稿集原稿作成要項」なのか?
なぜ予稿集原稿作成要項に従ってもらうのでしょうか。
大きく二つの理由があります。
第一に、授業でよく言っていることですが、私は、学生のみなさんに授業の内容を学会発表や論文につなげていってもらいたいと考えています。
その意味で「すぐに役立つ」授業をすることを心がけています。
日本で言語学をやっている人にとっては、 特に、東京大学言語学研究室で言語学を勉強している人にとっては、日本言語学会が主たる学会発表の場であることが多いです。
レポートの段階から予稿集原稿の書式で書いてもらうことで、より実践的なレポート課題になると考えているのです。
事実、授業レポートを発展させて日本言語学会で発表する学生は私のゼミには多いです。中には以下の記事のように発表賞までいただいた人もいます。この受賞発表もレポートの段階で既に予稿集原稿だったのです。
第二に、日本言語学会の予稿集は公開されているので、お手本としてそれらを参照できます。
すべての予稿集の論考がお手本になるわけでもありませんが、何かお手本になるものはないかといろいろ見ていくうちに、言語研究の幅広さや方法について自然と学ぶことができるでしょう。
予稿集原稿作成要項の例外
ただし、実際のレポートでは、予稿集原稿作成要項と異なることが二点あります。
まず、「3. ページ番号は、入れないこと。」だけは従わず、ページ数をいれてください。
実際の予稿集ではページ数は印刷所の方が入れてくれますが、レポートでは入れてくれる人がいません。
次に、実際の予稿集では箇条書きで書く人もおり、また私自身がそういうスタイルをやっていますが、レポートではふつうの散文で書いてください。
口頭で補足することを前提としている予稿集原稿とレポートはその点では異なります。
ありふれたわかりやすい構成で書こう
論文・レポートの面白いところは、主張であれ分析であれ方法であれ、その内容については新しさを求められるのですが、形式については陳腐でありふれたものが求められるところです。
特に、論文・レポートの構成についてはありふれたわかりやすいものを採用することをおすすめします。
それでは、そのような構成とはどのようなものでしょうか?
論文・レポートの形式の詳細は、たとえば、以下の記事に書いてある本が詳しいので、そちらを参照してください。
ここでは、簡単に二つの例を示しておきましょう。
仮説検証型レポート
まずは、仮説検証型のレポートです。たとえば、ある仮説についてコーパスを検索してその妥当性を検証するような場合です。
その場合には以下のようないわゆる IMRaD (Introduction, Methods, Results, and Discussion) と呼ばれる構成がいいでしょう。
導入: 背景を導入し仮説を提示する
方法: どのようなコーパスを使ってどう調べたかを説明する
結果: コーパス調査の結果を記述する
議論: 調査結果に基づいて仮説の妥当性を議論する
結論: レポートをまとめる
言語記述型レポート
次に、言語記述型のレポートです。たとえば、ある言語の接辞Xについてその形式と意味を記述するような場合です。
言語学研究室ではこのタイプの研究を行う人が多いので、もしかしたらこちらの型の方をよく使うかもしれません。
記述的研究は往々にして上にあげた IMRaD がうまく使えないので少し工夫が必要です。たとえば、以下のようなものが考えられるでしょう。
導入: 記述する言語ならびに接辞Xを導入しその興味深い点について述べる
背景: 接辞Xの記述に必要な背景的言語知識について紹介する
接辞Xの形式的特徴
接辞Xの意味的特徴
議論: 今回の接辞Xの記述からどのようなことが言えるかを議論する
結論: レポートをまとめる
他にもあるレポートの型
以上では、言語学のレポートでよくある二つの型についてまとめました。
もちろん、これで言語学のレポートのすべてがカバーできたわけではありません。特に、言語記述型のレポートの書き方は記述する言語現象によって他にもいくつかの定石があります。
具体的な話は論文指導の時間に話すことにしましょう。
言語データをきちんと提示しよう
言語学がどういう学問かについてはいろいろ議論のあるところでしょうが、言語学が言葉の科学的研究であるかぎりにおいて、証拠となる言語データ (「例文」) が重要であることは誰しも同意するところでしょう。
ということで、言語学のレポートではデータをきちんと示して、それに基づき議論を展開しましょう。
たとえば、「ラマホロット語は SVO 言語である」という主張をするなら、その直後に、
のようなデータを提示する必要があります。
言語学は (も) データが命です。
特にデータも示さずに (あるいはないのに) あれこれアイデアを書いてみても、データという証拠がないことには評価のしようもありませんね。
レポートのところどころに、データのないアイデアを書き殴っても、字数は増えてもレポートの質は向上しないので注意しましょう。
言語データを示すときには例文番号とグロス、略号一覧を忘れずに
さらに、言語データを提示する際には例文番号とグロス、略号一覧を忘れずにつけましょう。
例文番号をつけよう
まず、言語学では、ある文書 (レポート、論文など) に提示した言語データには通し番号をつける習慣があります。
たとえば、上に示したラマホロット語のデータにも「(1)」という例文番号が振ってあります。
このような例文番号は本文中でデータに言及するときに便利です。
たとえば、
などのように、データに基づいて議論するときに使います。
そういうと「例文中で言及しないなら例文番号はいらないのかな?」と思う人がいるかもしれません。
しかし、本文で触れる必要がないようなデータをレポートに書く必要はそもそもないでしょう。
グロスと略号一覧をつけよう
次に、(想定読者が知らないと考えられる) 言語データを提示するときには Leipzig Glossing Rules に従ってデータを提示しましょう。
Leipzig Glossing Rules とはマックスプランク研究所の言語学者たちが中心になって決めた言語学のデータ提示方法で、言語学の世界では現在もっとも一般的なデータ提示方法です。
詳細はこちらのウェブサイトを閲覧して、勉強してください。
上で示したラマホロット語のデータ (1) もその書式で書いてあります。
さらには、グロスに使用した略号の一覧を脚注 (footnote) あるいは後注 (endnote) の形で入れるようにしてください。
たとえば、(1) では 3、SG、IAM というのが使用されていますので、
のように、略号一覧をつけます。
ただし、Leipzig Glossing Rules の Standard Abbreviations で既に指定されている略号については一覧で示さなくてよいという習慣があるので、IAM - iamitive だけ示すということもできます。
このように、言語学のレポートでは、言語データをいちいち提示する必要があるだけでなく、そのデータに例文番号とグロス、略号一覧をつけなければならないのです。
参考文献の書式は Unified Style Sheet for Linguistics で
最後に参考文献です。
アカデミックな文章の最大の特徴とも言えるのが参考文献一覧です。
参考文献があれば論文・レポートであり、参考文献がないなら論文・レポートではない。それくらい重要なものです。
この参考文献の書き方ですが、分野や国、出版社によって多様なスタイルがあります。
どれが正しいということはないのですが、私の授業でレポートを提出する場合には、Unified Style Sheet for Linguistics に則って参考文献を示すことを義務づけています。
具体的なスタイルの内容については、以下のリンクから リンク先を読んで勉強してください。
参考文献の書式については二つ大きな補足があります。
第一に、参考文献一覧を提示する際には、各文献についてぶら下げインデント (hanging indent) を行うようにしてください。
そうすると、見た目としては、1行目はインデントなし、2行目以降はインデントありの状態になります。
一般には、0.5インチ (1.27センチ) のぶら下げインデントが推奨されています。
具体的な操作は執筆しているアプリケーションにもよるので、「Word ぶら下げインデント やり方」などで検索して調べてみてください。
レポートでも卒論のドラフトでも、これをやらない人が多いのですが、 参考文献の提示は、論文・レポートの基本中の基本ですから、必ずやるようにしてください。
第二に、和文文献の引用については日本言語学会の機関誌である『言語研究』の書式に従うことを推奨しています。
言語学のレポートでは、英語論文を引用することが多いと思いますが、場合によっては日本語の文献を引用することもあると思います。
その場合にはこの書式を参照してください。
きちんとした形式でいいレポートを書こう!
というわけで、言語学のレポートの書き方について解説しました。
もともと私の授業を受けている学生向けに書いたものですが、他の場所で言語学の授業を受けている方にも役に立つかもしれません。
あるいは、レポートだけでなく論文を書くときにも役に立つかもしれません。
これを参考にしてぜひいいレポートを書いてください!